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眠りについて見る夢、楽しいですか?

 

3、公認会計士・税理士という仕事

 
 このコラムは職業会計人の立場から、お金にまつわる問題を様々な視点から切り口も変えて、全く徒然なるままに気まぐれに書いてきました。そして生きがいとか、やりがいについてもあちこちで書いてきたつもりです。そこで私の仕事と生きがい・やりがいについて考えてみましょう。
 もう10年以上前に、「もしも税理士でなかったら」(東京税理士会芝支部報平成10年3月) という原稿を頼まれて書いたことがあります(上記リンクをクリックしてご覧ください)。ここで私は、科学者になりたいとも言ってますが、最後にはやはり、一度しかない人生なら同じ職業会計人を選ぶと言っています。
 そして私が40才の時に頼まれて書いた 「若手公認会計士の進むべき道」(JICPAジャーナル昭和60年7月) という一文があります。前半は上記内容と同じですが 「10年後(つまり50歳時)のCPAとしての私の望むべき姿」 という部分の文章があり、当事務所のホームページの追記として後日談 「24年後の実態」(平成20年時)が書かれています。
 これを見ていると、仕事の質こそ変ったものの一日の過ごし方は全く現在も変わりがなく、分刻みで時間だけが過ぎていっている感じです。
 超大手企業のノウハウ等を仕事の過程で、くまなく享受できる公認会計士監査業務。中小企業の経営者と苦楽を共にし、指導的役割を担うことができる税務業務。地方公共団体の包括外部監査という、お役所仕事への尽きない興味と公会計改革の必要性を痛感できる業務。そしてガバナンス等の意識が浸透し社会貢献活動にも熱心な大手一部上場会社の社外監査役として、会社の中側から組織を客観的に覗ける充実感。これらの業務を全てこなしてきて、その味わいを知るにつけ、「もしも税理士や公認会計士でなかったら?」 と問われても、やはり最後は職業会計人を選んでしまうかもしれません。
 とは言うものの、会計事務所というのも因果な商売です。財布や金庫の中側から人や企業を観察できる唯一の職業であるがゆえに、顧問先には 「このまま事業を続けていたら、直ぐに破綻しますよ。早く廃業しなさい」 と勧めることもあります。でもやめられないで赤字を垂れ流し。やっと、やめたと思ったら、うちの事務所の年間売り上げは、そのぶんだけ下がってしまう。そうは言っても企業のことやその家族や従業員のことを考えたら、一刻も早く廃業をするように導かなければならないんです。その場合の私の仕事は 「やめさせる」 というネガティブな働きかけにも関わらず、そして自分で自分の事務所の売り上げを減少させる結果になるにも関わらず、結果として 「お役にたっている」 「頼りにされている」 ということが実感できると仕事をやめられないのです。まさに少女パレアナの世界です。
 
 

4、職業会計人の使命とは何なのか?

 
 苦境に陥っている企業を見れば、月々いただく顧問報酬を自ら減額してしまったり、自分のクライアントに傷口が深くならないうちに廃業を勧めたり、その結果我が事務所の売り上げが減ってしまうような職業につきながらも、こうしてここまで来られたのも、多くの方々に支えられてきたからです。
 加えて言いたいのは、この職業が内抱している特性――つまり他人の財布の中を見ながら、そしてお金にまつわる様々な実体験を経ながら、他山の石として自らをも規制し、コンプライアンスの重要性やコーポレートガバナンスの本当の意味等を自問自答しながらできあがっていく精神的・成長志向的自己実現の世界にいる我々の職業についてです。
 私が思うに、職業会計人たるもの、企業の永続的発展を手助けする視点から経営者と関与すべきです。とかく我々への期待を節税のみに偏って見る経営者がいますが、それは間違っていると申し上げたい。財務体質の健全化は、財務諸表で見ても体力のある、つまり内部留保の厚い企業であるからこそ成し遂げられるのです。そして永続的発展へと繋がっていくのです。
 そのような視点から 『伸びる会社のズルイお金の使い方』(幻冬舎) という本を本年10月中旬に上梓させていただきます。「ズルい」 と言っても何も悪いことを勧めるわけではありません。私なりに 「賢く」 使うということを逆説的比喩的に表現したつもりです。私はこの本で、長年にわたる地域金融機関の会計監査人の立場から、中小企業経営者やそれを指導する公認会計士・税理士等の職業会計人に対して警鐘を発しました。つまり財務諸表の読者は税務署だけではなく金融機関等のことも忘れてはいけませんよ、と言いたいのです。そして会計事務所の使命や上手な付き合い方についても 「おわりに」 の部分で触れています。
 
 

5、自己実現の場を提供することも経営者の務め

 
 上記著書の中でも述べていますが、賢いお金の使い方をするには、社員をやる気にさせる人材投資にも目を配る必要があります。そしてマズローの欲求5原則 (生理的欲求、安全欲求、帰属欲求、社会的欲求、自己実現の欲求) を満たしてあげることも経営者の務めなのでしょう。
 成熟社会に成りきってしまった現在、若者たちは向かっていくべき目標を失っているのかもしれません。私が育った昭和30年代の日本、映画 『Always 三丁目の夕日』 の世界は、高度経済成長期で生理的欲求、安全欲求が満たされつつある時代でした。私の今と同じように実に楽しかった。物がなく貧しくとも、皆明日への希望を抱き、いきいきとした時代でした。上述した少女パレアナの世界です。この状態になれば、「眠りについてから見る夢」 も楽しくなります。
 
 

6、現在の私と今後

 
 私の仲間は定年をとっくに過ぎて、サンデー毎日。「予定は1ヶ月先に一つあるだけだよ」 ―― このような生活を羨ましいと思いつつ、私は定年のない職業を選んでしまった罰で、いつ辞めるかは自分で決めなければなりません。自分で自分の首を絞める (収入の道を閉ざす) のもなかなか難しいものです。
 前述したフランクルの 『夜と霧』 の中で、彼は人生を砂時計に見立てて説明しています。「年を取ると未来が少なくなる」 と人は嘆きます。フランクルはそれを否定します。以下はその趣旨です。
 
苦悩から逃げずに生きぬいたとき、過去はその人の人生を豊かにする。かけがえのない財産になる。
「過去」 とは全てのことを永遠にしまってくれる 「金庫」 のようなもの。生きられなかった時間は失われてしまうけれども、生き抜かれた時間は時間の座標軸に永遠に刻まれ続ける。
年を取ることは恐れることではない。自分の金庫に忘れがたいものがたまっていくこと。
 
 そうです、私は60才を過ぎてからの人生がこんなに楽しいものとは思っていませんでした。子供の教育にお金はかからなくなるし、子供たちはそれぞれ家族を持ち、二人だけの生活だと孫のお小遣いぐらいで、他のお金もかからない。老夫婦も 「亭主元気で留守が良い」 の境地に入り、地域活動や校友関係そして趣味仲間との行動も束縛がなく、家族との喧嘩のタネも尽きて、家庭は今のところいたって平和。70歳を過ぎてからはどんな人生が待っているのか楽しみにしています。
 
 
 さて先月号の 「冷やし中華はなぜ高いのか?」 のところで 「散髪代はなぜ、切った髪の量に比例しないのか?」 と問いかけました。そして見るに耐えられないヘアースタイルになったからこのコラム冒頭の顔写真を外してもらったわけでもないが、このコラム 「一職業会計人の軒昂奉仕」 も少し回を重ね過ぎたから、ストレスで髪の毛がなくなる前に引いておいたほうが良さそうだ、と書きました。ということで、今回でお別れします。
 3年近くものご愛読、ありがとうございました。この連載が皆さんの日々の楽しくあるべき仕事にとって何かのヒントになっていれば、嬉しく思います。
 
 
 
32回ぶんの全テーマは下記URLからどうぞ。
 

 プロフィール 

渡辺俊之 Toshiyuki Watanabe

公認会計士・税理士

 経 歴 

早稲田大学商学部卒業後、監査法人に勤務。昭和50年に独立開業し、渡辺公認会計士事務所を設立。昭和59年に「優和公認会計士共同事務所」を設立発起し、平成6年、理事長に就任(その後、優和会計人グループとして発展し、現在70人が所属)。平成16年には、優和公認会計士共同事務所の仲間と共に「税理士法人優和」(事業所は全国5ヶ所)を設立し、理事長に就任。会計・税務業界の指導者的存在として知られている。東証1部、2部上場会社の社外監査役や地方公共団体の包括外部監査人なども歴任し、幅広く活躍している。主な編著書に、加除式三分冊『一般・公益 社団・財団法人の実務 ―法務・会計・税務―』(新日本法規出版)がある。

 オフィシャルホームページ 

http://www.watanabe-cpa.com/

 
 
 
 

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