B+ 仕事を楽しむためのWebマガジン

トピックスTOPICS

 
 
映画は喧嘩や。ビジネスもそうやないんかい ―― 映画監督・井筒和幸が私的映画論にからめて、毎回一つのキーワードを投げかける。第3回は 『ビッグウェンズデー』 (78年・アメリカ) から、“挑む”。
 
 
20121003cl_21ex01.jpg
『ビッグ ウェンズデー』 1978年 アメリカ
DVD発売 ワーナー・ホーム・ビデオ
(税込¥1,500)
 夏が過ぎ去って、妙に人恋しくなると、いつも思い出す映画がある。サーフィン命とばかりに伝説の大波のうねりに挑戦するアメリカ映画  『ビッグ・ウェンズデー』 だ。何度、失敗を重ねて波にもまれようと、今度こそ絶対に乗ってやるという意気込みに感動したものだ。
 作品は1960年代の初頭、カルフォルニアの海辺の若者たちが、サーフィンに興じていた場面から始まる。それだけで、もうカッコよかった。まだアメリカがベトナム戦争に本格介入する前で、アメリカの若者たちが平和を享受できた時代だ。彼らの目指すものは、優良企業に入って生活を安定させて働く夢でもなく、仕事に就くなどどうでもよく、水曜日にやって来るというアメリカ最大の波 “ビッグ・ウェンズデー” に戦い挑むことだけだ。サーファーという人種は、労働など二の次で、サーフィンこそが仕事だった。一銭にもならない仕事、それが生き甲斐だ。主人公たちのそんな人生の構え方がカッコよかった。
 
 なかなか立ち現れない大波をひたすら待ち続け、酒を呑んでは遊び呆け、恋したり友情を育てたり。でも、平和は長持ちしなかった。青春を踏みにじるような時代の大波が先にやって来る。ベトナムへ人殺しに駆り立てる召集令状が彼らを襲う。必死で徴兵検査をごまかし逃れる主人公、国のために行ってくると決心する仲間の一人、彼らの最後のお別れ歓送会にジーンとさせられた。時は70年代に入り、無益な戦争だったベトナムからの撤兵で、仲間も無事に帰還した、とある日。彼らが待ち望んだ大波が遂にやって来る。仲間と特製ボードを抱えてビーチに出ると、目の前で、新しい時代のサーファーたちがビッグ・ウェンズデーに挑んでは砕かれている。よっし、今まで乗ったことはなかったが見てろよ、主人公たちは伝説のその大波に向かっていく。こんなカッコいい物語、もう今はないね。
 
 70年代の終わり、25才頃に、奈良の興福寺の裏手にあった洋画館で見た、挑戦する叙事詩だった。サーフィンを趣味などでなく、自分のやるべき仕事と思って生きる主人公たちが愛おしかった。かくいうボク自身もその頃、人間はどうして、身体と時間を切り売りして他人に雇われて、働かなければならないのか? とそんなことばかり考えていた。どうして、金を得るためにしたくもない嫌なことを人間はするようになってしまったか? どうして社会の人質になって労働しなければならないの? ほんの僅かな自由を貰うための労働代価を得て、それを一日の僅かな残り時間に使うことで精一杯なのが、自由なのか? そんな代金で人間の自由などと果たして言えるのか? どうして人間は無理をして働くのか? 動物は無理して生きていないのに、どうして気ままにしたいことがやれないのか? と。その頃は、日々、そんな哲学に明け暮れていた。それが、仕事のないボクの “趣味” だった。
 
 食うために働くなど、一番、面倒くさいことだった。サーファーたちは波に挑むために少しだけ働いていた。挑んで生きることが働く憂鬱さを忘れさせた、だから、少し働くだけだ。犠牲や損害の僅かな代金さえあれば生きられた。ボクもそれを酒や飯に代えて、自分のやることを探し歩いた。時間は余るほどあった。金に身を捧げてどうする。バカバカしい。金儲けに時間を潰すなんてなんて愚かなことだろう。社会に貨幣 (賃金) などあることが間違いだし、金があるから問題を起こし戦争も起こる。「仕事ほど嫌なことはない。僅かだけ仕事して、何かに挑もう」、これが、青春の結論だった。
 今、そんなことを教えてくれる映画は何一つない。金でしか呼吸できない人間だらけの世の中になった。金など知ったことかと、大波に挑む人も消えていなくなった。
 
 
今回は 「挑戦する映画」 を紹介しました。金に飢え、あげくに金を散財する人はいても、夢を喰らい続けながら生きられる人は少ない。
 
 
 

 執筆者プロフィール  

井筒和幸 (Kazuyuki Izutsu)

映画監督

 経 歴  

1952年、奈良県生まれ。県立奈良高校在学中から映画制作を始め、1975年、高校時代の仲間とピンク映画『行く行くマイトガイ・性春の悶々』を製作、監督デビュー。1981年『ガキ帝国』で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。以降『みゆき』(83年)『晴れ、ときどき殺人』(84年)『二代目はクリスチャン』(85年) 『犬死にせしもの』(86年)『宇宙の法則』(90年)『突然炎のごとく』(94年)『岸和田少年愚連隊』(96年/ブルーリボン最優秀作品賞を受賞) 『のど自慢』(98年) 『ビッグ・ショー!ハワイに唄えば』(99年) 『ゲロッパ!』(03年) 『パッチギ!』(04年)では、05年度ブルーリボン最優秀作品賞他、多数の映画賞を総なめ獲得。『パッチギ!LOVE&PEACE』(07年) 『TO THE FUTURE』(08年) 『ヒーローショー』(10年)など、様々な社会派エンターテインメント作品を作り続けている。

 

☆・・・ 井筒監督の最新作 『黄金を抱いて翔べ』 が11月3日(土)から封切り。
公式サイトはこちら ⇒ http://www.ougon-movie.jp/

 
 
 
 

KEYWORD

関連記事

最新トピックス記事

カテゴリ

バックナンバー

コラムニスト一覧

最新記事

話題の記事