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本書はどうやら水族館の成功マニュアル本ではない。天才でも秀才でもない弱点だらけの私がどうやって生きているのかが紹介された本である。そんな弱者の生き残り本を刊行したいと企画してくれた関係者に、あらためて深く感謝を申し上げる次第である。
――あとがき最終節より(一部改変)
 
 
 上記の通り、本書はどうやらマニュアル本ではない。なのに書名は「増客術」。怒るなかれ、理屈で突っ込めばどこまでも突っ込まれてしまう弱点を物ともせず、一水族館プロデューサーの身すぎ世すぎを書いただけとも読めるこの本は、書かれた内容が無類におもしろく、著者が生業とする「さびれた水族館の復活劇」に自分も一緒に参加した気にさせられる点で、値段以上の読書体験を読者に提供しているはずだ。「どうやら」とのエクスキューズの感じも、読了した後では、著者のリアルな人物像を想像させる。きっと、こういう人なのだ。こんなことをあとがきに書かれた編集者はヒヤヒヤものだと思うが、当の中村氏はそんなこと知ったこっちゃなく、またそれを結局そのまま出す編集サイドの度量を思ってみるのも、かなり高度な読書体験だろう。
 
 
 171ページの一節「よくペンギンの解説ボードに、『○○ペンギンは深さ○○メートルまで潜ることができる』などと書いてありますが、読んでくれる人はほとんどいないし、読んでもピンとこない。それよりも、ペンギンが深く潜ることがわかるような水槽をつくったほうが早い」――まさにこれが、増客術を知りたいビジネス系新書好きの読者に、本書が増客術を仕込むやり方である。「俺はこう考えた、やってみた、そしたらこうなった、経験則はこうだ」。解説ではない、描写。それにより、どんな状況の時にどんなふうにしてどうなったかを疑似体験させるのだ。飼育係(現在の呼称は展示員)から始めた三重県鳥羽水族館で見つけた増客術も、池袋のサンシャイン水族館の来館者数をリニューアル後に3倍にした増客術も、人口約1万の北海道内陸の厳寒の町に年間30万人の来館者を集め、43億円の経済効果をもたらした「山の水族館」での増客術も、全てドキュメンタリーで描かれる。「おーっ、本当だ。深く潜った」と感動させて学ばせる。
 
 ビジネス系新書ファンに増客術を仕込むいっぽうで、一般の読者は“動物好き”の面を刺激されるのも、本書のいいところだ。なにせ著者は80年代にラッコブームを仕掛け、我らが日本人に今も続く“ラッコ好き”を刷り込んだ張本人である。かつては『野生の王国』『わくわく動物ランド』『どうぶつ奇想天外!』、現在なら『ダーウィンが来た!』など、一連の生物系のテレビ番組を「おーッ!」とか「かわいいー」とか言いながら楽しめる人は――つまり大多数の人たちは、「オットセイたちは海の中で人間が同じ深さにいると警戒して近づこうとしないが、海底についた途端(オットセイたちが上の位置になった途端)、いっせいに近づいてきて、髪の毛を引っ張って遊ぶ(それくらい好奇心旺盛である)」とか、「アシカが集まっている場所に近づいていくと、子供のアシカがすごく近くまで寄ってくる。大人のアシカも、近づいて記念撮影をしても知らん顔。異種生物に対してフレンドリーな、というより無関心なのが海獣たちの面白いところ」とかいった箇所にワクワクするだろう。
 他にも、「ピラニアは本当は臆病で水槽に手を入れても逃げ回る。ただし、乾季で干上がった川の池の、腹が減ったピラニアはなんでもかんでも噛みついて食べようとする」とあるのを読めば、野生の生き物の極端さに思わず嘆息するだろうし、「クラゲは海中をふわふわ漂っているが遊泳能力は低く、水を動かして水流をつくってあげないと水槽の底に沈んでしまう」のくだりでトホホ感に胸がきゅんと鳴るのも、一興である。
 
 
 中村氏は水族館をプロデュースする際に“水塊”を意識するという。水族館に来る人が何を求めているかをウォッチしたら(後をつけて見ていたら!)、魚ではなく水中を観に来ているとわかったからだそうだ。明るい水の感じ、青い色、たっぷりの水に包まれているような浮遊感、水の揺らぎから感じる癒やし。中村氏自身、サンシャイン水族館に来れば大水槽「サンシャインラグーン」の前でぼーっと水塊を眺めるのが好きだという。本書で一貫して感じられる著者の元気さは、三重県人の関西弁のせいだけではないだろう。畑作を趣味にする高齢者が総じて元気であるように、植物や動物などを通じて自然のイメージと常につながっていると、人は元気になれるのだ。
 仕事のヒントが欲しくて買ったけど、それだけで読むともったいないな。水族館に行ってみよう――そう思ったビジネスマンが、水族館に行って自然のイメージをチャージされて元気になれば? 本書が最高のビジネス書だったということだ。
 
 

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『常識はずれの増客術』
著者 中村元
株式会社講談社(講談社+α新書)
2014/11/20 第1刷発行
ISBN 9784062728768
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価格 本体840円

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(2014.12.24)
 
 
 
 

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