LINE Payカードはなぜヒットしたのか
ポイント経済の覇者として、今のところ、カルチュア・コンビニエンス・クラブの「Tポイント」と、三菱商事系のロイヤリティマーケティングの「Ponta」の2強の存在感が光ります。そこに、楽天が殴り込みをかけ、「楽天スーパーポイント」を実店舗で使えるようにしたことも記憶に新しいところです。そんな中、今、特に若者の間で、注目を集めているのがLINE Payカードです。
「LINEのおサイフ」着々と普及、LINE Payユーザーが1000万人突破。還元率2%が話題に
http://japanese.engadget.com/2017/02/09/line-line-pay-1000-2/
2014年12月に始まったLINE Payは、携帯電話を使って、簡単にLINEの友だちの間で送金したり、ネットショッピングの決済に使ったりできるサービスです。そこに、2016年3月より、LINE社はJCBと提携し、国内外の約3000万店で使えるプリペイド方式のLINE Payカードを発行しました。サービス開始2週間足らずで20万枚の申し込みを突破するなど、出足の人気は上々で、サービス開始から2年の間に、登録者数は世界で1000万の大台を突破しました。今年5月の最新のプレスリリースでは国内3000万ユーザーを達成したことも発表されています。なかなか達成できない数字です。
LINE Payカードには、たくさんの魅力があります。先ず、入会金や年会費が無料なこと。クレジット機能は付いていないため、年齢制限や与信審査もありません。ここら辺の敷居の低さが、若者に受け入れられた理由でしょう。そして、LINE Payカードの特筆すべき魅力は、ポイントの還元率が2%もあることです(100円使うたびに2ポイントが貯まる計算です)。一般のクレジットカードのポイントは0.5%程度が多く、還元率が高いと言われるnanacoやPontaカードでもせいぜい1%です。LINEポイントが2倍(還元率4%)になるキャンペーンが実施されたこともあるそうです。LINE Payカードの高い還元率が、多くの登録者を引きつけた最大の理由でしょう。
人気の秘訣を行動経済学的に探る
第1の理由は、「貨幣錯覚」です。2%のインフレがある中で1%の賃上げがあるのと、インフレがない中で1%賃下げがあるのとでは、実質的に同じことですが、消費者の多くは前者を好みます。つまり、何となく、1%の賃上げがあることで喜んでしまうのです。同じように、1%ポイントが付くことを、1%の値引きに比べて、額面以上に喜んでいる可能性があります。
第2の理由は、「心理的会計(メンタル・アカウンティング)」と呼ばれるココロのクセです。人間は、お金にあたかも色があるように、あぶく銭と正直の儲けを分けて考えたり、生活口座と貯蓄口座を使い分けたりしています。同じように、現金とポイントを別勘定として、分けて考えている可能性があります。
第3の理由は、「賦存効果」。人間は、長い時間、汗をかいて手に入れたものに対して強い愛着を感じてしまい、手放したくなくなります。ポイントを貯めることに喜びを感じて、なかなか使いたがらないのも、こうした賦存効果で説明できるかもしれません。
以上、挙げたような要因が絡み合って、額面の大きさ以上に、ポイントは消費者の経済心理の中にぐっと入り込んでいるのでしょう。ネット経済とリアル経済が共進化していく過程の中で、ポイントの存在感はますます高まっていくことでしょう。
ネットとリアルの微妙な関係
さらに言えば、LINE Payカードは、ICカード対応ではないので、本人認証サービスに未対応で、セキュリティ面で不安が残るいっぽうで、近距離無線通信技術を用いて、スマートフォンなどのデバイスで決済することがまだできません。そのように考えると、LINE Payカードそれ自体は、ネットの電子マネーの進化した形態というよりは、どちらかというと、クレジットカードの利便性を延伸することのほうに重きを置いた従来型のサービスに近いとも思えます。
ネット経済とリアル経済の絡み合いは一進一退を続けながら、今後も続いていくことでしょう。消費者の目線からは、スマートフォンのモバイル性を最大限に活かし、フィンテックを駆使したり、法的規制から巧妙に逃れたりして、より簡単便利な送金・決済サービスの登場が心待ちにされます。近い将来、完全な形でマネーレスを達成するような新サービスが実現する日が来るかもしれません。
vol.4 LINE Payカードに透けるポイント経済の行く末
著者プロフィール
依田 高典 Takanori Ida
京都大学大学院経済学研究科教授/経済学博士
経 歴
1965年、新潟県生まれ。1989年、京都大学経済学部卒業。1995年、同大学院経済学研究科を修了。経済学博士。イリノイ大学、ケンブリッジ大学、カリフォルニア大学客員研究員を歴任し、京都大学大学院経済学研究科教授。専門の応用経済学の他、情報通信経済学、行動健康経済学も研究。現在はフィールド実験経済学とビッグデータ経済学の融合に取り組む。著書に『ネットワーク・エコノミクス』(日本評論社)、『ブロードバンド・エコノミクス』(日本経済新聞出版社。日本応用経済学会学会賞、大川財団出版賞、ドコモモバイルサイエンス奨励賞受賞)、『次世代インターネットの経済学』(岩波書店)、『行動経済学 ―感情に揺れる経済心理』(中央公論新社)、『「ココロ」の経済学 ―行動経済学から読み解く人間のふしぎ』(筑摩書房)などがある。
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