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学生から社会人まで、多くの人を啓発してきた教育学者の齋藤孝さん。その「齋藤メソッド」 は具体的かつ論理的、思わず 「はっ!」 とする気付きが満載です。齋藤教授が語る、仕事品質底上げのための集中講座。6回連載の初回は、大人の学びの勧めです。
 
 

大人が学ぶことの意味

 
 今、明治大学の私のゼミには、40歳代の社会人の女性がいる。彼女を見ていると、「学ぶことは素晴らしい」 と明確に自覚していることがわかる。彼女が非常に熱心に学ぶので、他の若い学生たちにもいい影響が出てきている。学びが本来持っている価値を理解できるようになってきたようなのだ。
 
 大人の学びと子どもの学びは意味が違う。子どもたちの学びは、社会に出て仕事をし、生活をしていけるようになるための手段を身に付けるためのものだ。しかし大人は、人生そのものを充実させるために学ぶ。学ぶ楽しさや喜びを純粋に感じやすいのは、子どもではなく大人のほうなのだ。とりわけ、超高齢社会になり、平均寿命が伸びて人生の時間が長くなると、私たちは孤独感や人の世の無常と対峙しなければならないことも増えていく。学びはそれらを自然に克服していける力になる。私はそう考えている。
 
 では、「さあ、今日から学ぼう!」 といって何かを始めて、しっかり続けられるものだろうか? 「毎日忙しいし、仕事に関係しない勉強なんて、今更やっていられない」――現役世代からはそんな声が聞こえてきそうだ。しかし、学びは習慣のものだ。そして、本来楽しいものだ。「大人が学ぶ」 ということの楽しさをあらためて知り、習慣にして、来るべき人生の長い時間に備えよう。そして、どうせなら今の仕事にも生かしてしまおうというのが、このコラムの狙いである。ぜひヒントをつかんでほしい。
 
 

強いテキストと「万有引用力」

 
 ある市民大学で教えていたときのこと。70~80歳代の高齢者のクラスが非常に盛り上がるのに気付いた。私はその理由を、学びの素晴らしさを一人ひとりが自覚していることと、一緒に学ぶ同胞がいるせいだと考えた。果たしてそれは当たっていたが、もう一つ重要な鍵があることにも気付いた。共通のテキストに向かうことである。
 仲間と一緒に、たとえば 『論語』 を、たとえば 『平家物語』 を、読む。そうやってテキストを共有すると話が濃密になりやすい。私が実際にやったのは、論語の言葉を一日十節ずつ読んできてもらって、思うところがある一節について、自分の経験をからめて話してもらうことだった。
 
 「言葉に経験をからめる」――ここがポイントだ。逆ではないのだ。そうすると皆、非常におもしろい話ができる。話がおもしろくなるのは、言葉が “強い” せいだ。論語などの古典は、長い歴史を通じて世界中で認められてきた実績がある。実績に裏打ちされた強い言葉は、まるで大きくて強力な磁石のようなもの。それを自分の心に下ろしていくと、いろんな経験がくっついて、思い出されてくる。それを引き上げて人に話すと、話す側は思い出したことで興奮や充実感を味わうし、聞く側も、「また一つ、強い言葉を知った」 というお得感がある。
 
 大人は子供より長く生きているぶん、「私の場合、あの時はこうでした」 「この時はこうでした」 と、自分の経験と結びつけてテキストを引用できる。古典以外にも強い言葉はたくさんあるから、引用のトレーニングを積めば積むほど、ほとんど無限に、あらゆるテキストが、自分を触発してくるようになる。この状態は最高に気持ちいい。私はこれを 「万有引用力」 と呼んでいる。
 
 

孤独は学びとセットで

 
 人生の時間と向き合ううえでは、学びと同じく孤独も大きな要素である。私は、孤独の克服法はそんなに難しくないと思っている。読書を趣味にできれば、孤独はむしろ人生の味方であり、学びの味方だからだ。
 本は一人で、孤独な時間の中で読むものだ。著者と一対一でこちらから問いかけるつもりで読むと、それはゲーテとの、ニーチェとの、ドストエフスキーとの、福沢諭吉との、濃密な対話の時間になる。読書というのは本当に不思議なものだと私は思う。数百年の時を超えて、著者である人の一番深い精神性と、自分の静かな精神性がつながれるのだから。「大人の学びは孤独感がある時にこそ進む」――このことを肝に銘じるべきだ。
 
 大人の学びは、最終的には悟りも視野に入れるべきだろう。学び、知見を得て、「生きるとは何か」 ということを、自分の力で見出していく。それが学びの目標になっていけば、本当にいろんなことが楽しくなるはずだ。なぜ世の中にはこんなにたくさんの芸術があるのか、なぜ 「美しい」 という気持ちを我々は大切にするのか。なぜ哲学はこんな難しいことを考えているのか・・・etc。
 
 なにも文化や芸術に限らない。日々の仕事にまつわることも、より深く、より広く、万有引用力を存分に発揮して学び続けることは、それ自体が、自分が社会に存在することの意義を見つける営みになる。そうなってこそ、大人の学びではないだろうか。
 
 
 
 
 齋藤先生に聞こう! 仕事品質底上げ講座~
vol.1 大人の学びの勧め

 執筆者プロフィール  

齋藤孝 Takashi Saito

明治大学教授

 経 歴  

1960年生まれ。静岡県静岡市出身。東京大学法学部卒業。同大学院教育学研究科博士課程などを経て、明治大学文学部教授。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。ベストセラーになった 『声に出して読みたい日本語』(草思社・毎日出版文化賞特別賞受賞) をはじめ、『コミュニケーション力』 『教育力』 『古典力』(岩波新書)、『現代語訳 学問のすすめ』(ちくま新書)、『頭が良くなる議論の技術』(講談社現代新書)、 『人はチームで磨かれる』(日本経済新聞出版社)など著書多数。専門の教育学領域以外にも、身体を基礎とした心技体の充実をコミュニケーションスキルや自己啓発に応用する理論が「齋藤メソッド」 として知られ、高い評価を得ている。

 
 
 

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