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今月の本は何にしようかと思って書店に入り、平積みされていた表紙が目に飛び込んできて「おおっ!?」と思い、ほとんど迷わず値段も見ず、決めた本。なにせ著者が、あの「千夜千冊」の松岡正剛氏を所長にあおぐ編集工学研究所。帯は「著者の思考モデルを借り、短時間で高速に情報編集する。全く新しい読書法」です。「はじめに」の最初の段落には「今回ご紹介する探究型読書は、松岡正剛が半世紀にわたって積み上げてきた読書と情報編集にまつわるさまざまな方法を組み合わせてメソッド化したものです」とあります。これはもう即買いだったわけです。
 
ただ、メソッドを評者が実践できたかといえば、挫折しました。探究型読書では「読前」「読中」「読後」の3ステップがあり、「読中」ステップ――普通の意味で「本(=本文)を読む」ときにしていること――の所要時間が20~30分目安。これだけの短時間で一冊の本を読むのだから「読前」ステップがいかに重要かわかってもらえると思う、とありますが、全ステップ合計でも探究型読書は一冊に長くて3時間しかかけないそうです。
 
第二章からはぜひまだ読んでいない本を手元に置いてメソッドを実践しながら読んでみてください(お勧めは新書)、とのことだったので、『地方議員は必要か 3万2千人の大アンケート』(NHKスペシャル取材班著・文春新書)を題材にしました。この本の本文(13~233ページ)を30分で読むためには1800÷110=16.36秒。一見開き約16秒で読み進まなければなりません。「読前」ステップを実践したうえで挑戦しましたが(タイマーを16秒ラップにセット)、87ページまで来たところで「ダメだ、この本はディテールも頭に入れながらでないと読む意味がない」と思って止めました。
 
探究型読書のプロはこの本もディテールを頭に入れながら読めるのでしょうが、評者には無理。なので本書の実践的価値を評する資格は評者にはないながら、次のような箇所もあったので、そこからなら評せると思った次第です。
 
「1冊の本を最初から最後まで読もうと思ったら、数週間~数ヵ月かかるものです。優れた書物は無数に存在するのに、私たちが「読む」ことができる冊数には限りがあります。編集工学研究所は、この「読む」という行為の意味を捉え直し、同時にたくさんの書物に出合いながら、「読み」の恩恵を受けられる方法を編集工学の技法をもとに開発しました」(第三章 探究型読書の進め方〈実践篇〉p83)
「そもそも読書というのは、一体何をしていることなのでしょうか?‥略‥どんな読み方をするにせよ、著者の言い分と自分の想像力の間に読書という行為があることに変わりありません。「探究型読書」は、「自分の想像力」の方に思い切って重心を置く読書法です。「探究する自分」と「探究のための道具としての本」、この役割の再定義を提案するものです」(おわりに 世界を探究するために p184)
 
“よかった、数週間かけていいんだ”と安堵しつつ、「私たちが「読む」ことができる冊数には限りがあります」との指摘からは、動画、音楽、本、ゲーム、SNS、etc. . .あらゆるコンテンツが、いかに他のコンテンツから私たちの時間を奪うかの競争になっている今の状況を思わせられます。この点では探究型読書は多読術の一種――ただし量質両方を追求する――とも言えるでしょう。
 
あるいはその対極には、生涯にただ一冊の書物を友として人生を終えた活版印刷以前の時代の一部の人たちのような、現代の我々からはある種の羨望の対象になる人物を思い描いてもいいかもしれません。
 
評者の理解では、読書という行為はどの時代にあっても両極の「間」に位置するものだと思います。それはロマンチックにたとえるなら、今の恋人が常に「初恋の絶対的異性」と「まだ見ぬすべての異性」との間の存在であるようなことです。
 
これは別に突飛なアナロジーのつもりはなく、それこそ本書が提唱する探究型読書でも、第二章にある「5つの心得」の中身は、「著者の思考モデルを借りる」しかり「かわるがわる」しかり、「伏せて開ける」しかり「仮説的に進む」しかり、まるで気になる異性を見つけたときの「間」の距離の詰め方みたいです。
 
あるいは「5つの心得」の最初である「読前・読中・読後」の各ステップをそれぞれさらに詳細に分けた第三章〈実践篇〉。ここで繰り広げられるプロセスも同じです。ヒントを集める、関係を可視化する、仮説を描く、Q読みA読みの相互反復、仮説を振り返る、似たものを探す、自分ゴトに置き換える――。これらはいわば、最初遠巻きに見るしかなくて相手のどんな情報も見逃すまい聞き逃すまいとアンテナを張っている状態から、徐々に相手の人物像がわかってきてあれこれ想像して仮説を立てるようになり、実際交際を始めてからはものすごい勢いでQとAを繰り返し、修正も軋轢も経験し、やがてふとした弾みに最初の仮説を思い出しておかしがったり、相手も含めた未来を自分のこととして考えたりするようになるのと同じこと。もしかしたら後半の「似たものを探す」「自分ゴトに置き換える」は恋が実らなかったときの行程かもしれませんが。
 
正直なところ、「本文を20~30分で読み流すのも自分の思考を賦活するツールとして目の前の本を扱うのも、読書のデカダンスではないのか」と言いたい気持ちもなくはありません。実践で挫折した僻みと、「読中」の高速読み以外は自分も無意識のうちにやってきた自負がこの気持ちを強めます。はたして松岡正剛氏自身はこんな、目に飛び込んできたキーワードの前後しかしっかり読まない読み方(p75)をしてきたのだろうか、それであの博覧強記が涵養できるのだろうかという疑問も残ります。博覧強記だから探究型読書が可能になるのであって、真実は逆ではないかと。そうすると「多読せよ」という最初の命題にまた戻るわけですが・・・。
 
ともあれ本書が、探究型読書および、「まだ見えていない問題や予想外の課題を、まずは仮説ベースで提案し、現実と調整しながら、手探りで解決の道を探っていくアプローチが求められる時代」(p8,9)の思考体系を真摯に啓蒙する書物であることは、間違いありません。そのことは「おわりに」を読み終えて巻末に索引を見つけたとき確信しました。「あ」行の「間」から始まって「ら」行の「ロジック」に至るまで、これはつまり、読前ステップの超重要作業である「キーワード・ホットワード・ニューワードを書き出してみる」における、「キーワード」の総覧ではありませんか!
 
これがあるかないかで主張の説得力が全然違っていたはず。一度挫折した身ですが、もう一回、チャレンジしてみます。
 
(ライター 筒井秀礼)
『探究型読書』
編者 編集工学研究所
株式会社クロスメディア・パブリッシング(株式会社インプレス)
2020年8月11日 初版発行
ISBN 9784295404378
価格 本体1580円
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(2020.9.17更新)
 
 
 

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