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コラム 京大教授が“切る”現代経済 vol.10 わかっていても止められない経済心理学 京大教授が“切る”現代経済 京都大学大学院経済学研究科教授/経済学博士 依田高典

コラム
読者の皆さん、こんにちは。京都大学大学院経済学研究科教授の依田高典です。この連載では私の専門とする行動経済学—ココロの経済学—の知見をもとに、現代経済の中のちょっぴり気になる話題を取り上げて、その背後に潜む経済メカニズムを、読者の皆さんと一緒に考えていきたいと思います。第10回目は、カジノ施設への賛否が割れる中で、なぜ人間は嗜癖にはまるのかについて考えてみたいと思います。
 
 

賛否が割れるカジノを含む統合型リゾート

 
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禁煙できる、できない。「嗜癖」を行動経済学で解き明かすと・・・
2016年12月、カジノを含む統合型リゾート(IR)の解禁に向けた「IR推進法案」が衆議院で可決され、政府は1年をめどに、設置に向けた「IR実施法案」を策定することになりました。IRを巡っては、地元の経済効果を重視する賛成派と、反社会的勢力の跋扈(ばっこ)等、治安の悪化を危惧する反対派の間で、侃々諤々の議論が繰り広げられています。
 
大阪のIR誘致、割れる地元財界 推進・慎重両派に聞く
http://digital.asahi.com/articles/ASJDV5Q6XJDVPLFA00G.html
 
賛成派も反対派も、ギャンブル依存症に対する対策が必要であることには、意見の一致を見ており、カジノ施設にフロア面積の上限を設けたり、日本人利用客を対象に入場回数を制限したり、クレジットカードの利用を認めず現金のみ認める等の厳しい規制が導入される見込です。
 
そもそも、日本には、競馬、競艇、競輪、パチンコ等、様々なギャンブルが存在し、約500万人ものギャンブル依存症患者がいるとも言われています。競馬、パチンコが悪いとは言いませんが、朝の10時前に手持ちぶさたにパチンコ店の前に列が並ぶのを見ると、その小遣いの出所が気になってしまいます。
 
そうした一度はまってしまうと止めることが難しい依存性のある習慣を「嗜癖」と呼びます。嗜癖には、酒、タバコのような「物質依存症」と競馬、パチンコのような「過程依存症」があります。パチンコ店の中では、タバコの煙がもうもうとしているように、両者の依存症には強い相関があり、「連鎖依存症」とも呼ばれます。
 
 

ギャンブルにはまるのはどんな人か

 
嗜癖を行動経済学で解き明かすとどうなるのでしょう。
 
タバコにせよ、パチンコにせよ、日頃のストレスを発散して、すかっとした気分を味わうことができます。しかし、依存症にはまれば、長い目で見て、経済的にも、身体的にも、苦しむことになります。今の小さな満足か、未来の大きな満足か。こうした選択問題を、経済学では、「時間選好」と呼び、未来よりも現在を重視する割合を「時間選好率」と呼びます。1年後の1万1000円を、現在の1万円と等価と考える時に、時間選好率は10% (= [11,000/10,000 – 1]x 100)と計算されます。
 
時間選好率が高ければ高いほど、未来の満足よりも目の前の満足を重視するので、依存症にはまりやすくなります。具体的には、時間選好率が高いほど、喫煙する確率が高くなり、一度、喫煙習慣が身につくと、禁煙することが難しくなることが、私たちの研究からも確かめられています。
 
禁煙成功の経済心理学的研究 - 禁煙に成功するのは忍耐強く、慎重な人 –
http://www.kyoto-u.ac.jp/static/ja/news_data/h/h1/news6/2008/090306_2.htm
 
おもしろいことに、依存症にはまるような人の時間選好率は、一定ではないようです。現在の満足と未来の満足を比較する時の時間選好率が特に高い。ところが、近い未来の満足と遠い未来の満足を比較する時の時間選好率はそれほど高くない。このように、現在を含む選択の時だけ、特別に時間選好率が高くなる現象を「現在性バイアス」と呼びます。
 
現在性バイアスにはまると、長い目で本当は依存症にはまらないように、堅実に振る舞うべきなのに、ついつい目の前の誘惑に負けてしまい、わかっていても止められない嗜癖に取り憑かれてしまいます。
 
 

人間のはまりやすさにもタイプがある

 
時間選好率を使って、依存症にはまるかはまらないか、人間をタイプ分けすることができます。
 
第一のタイプは、時間選好率が低くて一定な人たち。このタイプは、未来の満足のほうが目の前の満足よりも高いことを知っており、合理的に依存症にはまることはありません。
 
第二のタイプは、時間選好率が高くて一定な人たち。このタイプは、目の前の満足のほうが未来の満足よりも高いことを知っており、合理的に依存症にはまることを選びます。
 
第三のタイプは、時間選好率が一定ではなく、現在を含む選択に対しては高くて、現在を含まない選択に対しては低い人たち。このタイプは、本当は未来の満足のほうが目の前の満足よりも高いことを知っていながら、いざ目の前ににんじんがぶら下がると、ついつい誘惑に負けてしまうのです。
 
さらに、この第三のタイプを自覚の程度に応じて、自分が現在性バイアスに毒されていることを自覚しているタイプ、自分が現在性バイアスに毒されていることを自覚していないタイプに分けることができます。
 
こうした人間のタイプがどのように決まるのか、まだ良くわかっていません。近年、脳機能の医学的研究から、ギャンブル依存症の患者は、状況に応じてどこまでリスクを負うかを切り替える能力に障害があるという研究が発表されています。依存症にはまりやすい人は、脳の前頭葉の一部で活動が低下している可能性があり、依存症は一種の脳障害かもしれず、医学的な治療が必要だというのです。
 
ギャンブル依存症の神経メカニズム-前頭葉の一部の活動や結合の低下でリスクの取り方の柔軟性に障害-
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2017/170404_1.html
 
たかがギャンブルと侮ることなく、自分のココロのクセに向き合って、もしも自分一人だけで依存症の解決が難しい場合は、周りのサポートを受けることも大切なのです。
 
京大教授が“切る”現代経済
vol.10 わかっていても止められない経済心理学
 
 

 著者プロフィール  

依田 高典 Takanori Ida

京都大学大学院経済学研究科教授/経済学博士

 経 歴  

1965年、新潟県生まれ。1989年、京都大学経済学部卒業。1995年、同大学院経済学研究科を修了。経済学博士。イリノイ大学、ケンブリッジ大学、カリフォルニア大学客員研究員を歴任し、京都大学大学院経済学研究科教授。専門の応用経済学の他、情報通信経済学、行動健康経済学も研究。現在はフィールド実験経済学とビッグデータ経済学の融合に取り組む。著書に『ネットワーク・エコノミクス』(日本評論社)、『ブロードバンド・エコノミクス』(日本経済新聞出版社。日本応用経済学会学会賞、大川財団出版賞、ドコモモバイルサイエンス奨励賞受賞)、『次世代インターネットの経済学』(岩波書店)、『行動経済学 ―感情に揺れる経済心理』(中央公論新社)、『「ココロ」の経済学 ―行動経済学から読み解く人間のふしぎ』(筑摩書房)などがある。

 Googleホームページ

https://sites.google.com/site/idatakanorij/

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(2017.12.06)
 

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