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コラム 京大教授が“切る”現代経済 vol.3 ICカードに透ける関東・関西気質 京大教授が“切る”現代経済 京都大学大学院経済学研究科教授/経済学博士 依田高典

コラム
 
読者の皆さん、こんにちは。京都大学大学院経済学研究科教授の依田高典です。この連載では私の専門とする行動経済学—ココロの経済学—の知見をもとに、現代経済の中のちょっぴり気になる話題を取り上げて、その背後に潜む経済メカニズムを、読者の皆さんと一緒に考えていきたいと思います。第3回目は、鉄道のICカードを事例に関東・関西の気質の違いを考えたいと思います。
 
 

なぜ関西ではOKなのに関東では・・・

 
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関西のICOCAに座布団1枚? カモノハシのイコちゃんも大喜び
少し前、ネットで話題になったことがあります。JR東日本の発行するICカードの「Suica」エリアでは初乗り運賃がチャージされていないと、改札内に入れないのに、JR西日本の発行するICカードの「ICOCA」エリアでは、1円のチャージがあれば、とりあえず、改札内には入ることができるのです。
 
1円あれば改札に入れる!? ICOCAの残高への"寛容さ"が話題
http://news.line.me/issue/internets/6e661b7724b7
 
私も関西人なので、取りあえず入ってからの精算が当たり前だと思っていましたから、東京出張の時に改札内に入ろうとして「ピンポーン」と足止めを食らうとイラッとします。消費者の多くは、私同様に、JR西日本に座布団を1枚、あげたくなるのではないでしょうか。
 
JR東日本にも言い分はあります。鉄道営業法第15条には、運賃前払いの原則が定められているので、その限りにおいて、Suica方式には一定の法的根拠があるのです。ところが、JR西日本は、同条の「別段の定ある場合」という適用除外を利用して、磁気カードである「スルッとKANSAI」の時代から、少しでも残高がある場合には、改札の通過を認めてきたそうです。うるさい住民気質をおもんばかってか、顧客の利便性を重視する関西の風土がよく表れています。
 
鉄道営業法第15条 旅客ハ営業上別段ノ定アル場合ノ外運賃ヲ支払ヒ乗車券ヲ受クルニ非サレハ乗車スルコトヲ得ス
http://www.houko.com/00/01/M33/065.HTM
 
 

ローカルルールが生まれるのはなぜ?

 
上記のことを踏まえると、関東と関西の間で異なるローカルルールが他にもあることに思い当たります。例えば、醤油でいえば、関東は濃い口、関西は薄口ですが、これは住民の嗜好を反映した企業のマーケティング戦略かもしれません。興味深いのは、エスカレーターに乗る時、急ぐ人向けに片側を空けて立つことがありますが、東京では左側に立ち、大阪では右側に立つことです。この慣行は、特に住民の嗜好を反映しているとも考えられないので、ローカルルールが成り立つ由縁が不思議です。
 
写真で比較!関東関西の違い
http://www.touzai-bunka.com/esuka.html
 
こうしたローカルルールが成り立つメカニズムに関っているのが、vol.2で解説した「ネットワーク効果」です。ネットワーク効果とは、参加者の数が増えれば増えるほど、その魅力が逓増し、皆がそうするから自分も従うことが得になる性質です。必然または偶然の結果として、ある地域で一つの文化や慣行が成立すると、多くの人がその文化や慣行に従うだけに、自分だけが逸脱するのが難しくなります。兎角、この世の中では、長いものには巻かれたほうが楽なのです。
 
ネットワーク効果が非常に大きくなれば、世界共通の統一標準が生まれて、よほどのへそ曲がりでなければ、多くの人がその標準を採用するようになります。逆に、ネットワーク効果が小さければ、そもそも標準は生まれず、それぞれが自分の好みに応じてバラバラに行動するでしょう。ネットワーク効果がそこそこ大きい時だけ、戦国時代の群雄割拠さながらに、地域ごとにローカルルールが共存するのです。これを、経済学では、堅い言葉ですが、「複数均衡」と呼びます。関東には関東の均衡があり、関西には関西の均衡ができあがるのです。均衡が一度、成立すると、一人の人間があれこれ変えようとしても、なかなか地域社会の決まりは変わらないというわけです。
 
 

複数均衡を支えるのは複雑系

 
複数均衡は学問的な世界観にも関っています。地域で一つの均衡が成り立つのに、必ずしも特別な必然性は必要ありません。ほんのちょっとした小さなきっかけでも、それがネットワーク効果のおかげで雪だるま式に拡大し、立派な均衡ができあがることがあります。わずかな初期値の違いが増幅されて、世界の大きな構造を決めてしまう。これを「複雑系」と呼ぶこともあります。
 
複雑系が物理学や経済学でブームになったのは、今から30年ほど前のことでした。アメリカのニューメキシコ州の小さな町サンタフェに設立されたサンタフェ研究所は、ノーベル賞受賞者のマレー・ゲルマン、フィリップ・アンダーソン(物理学)、ケネス・アロー(経済学)らが賛同して設立した非営利組織ですが、複雑系研究のメッカとなりました。
 
『複雑系―科学革命の震源地・サンタフェ研究所の天才たち』
http://amzn.asia/5ECFivg
 
伝統的に、物理学や経済学が扱ってきたのは、長い時間が経過すればやがて一つの均衡に収束していく「単純系」でした。しかし、冷戦の終焉やバブル経済の崩壊など、世界の混迷が深まるにつれて、単純系の予定調和的なものの見方では世界をうまく語れなくなっていったのです。こうした不安定な世界情勢の中で、なぜ複数均衡が生まれるのか、それを支えるメカニズムは何なのかを求める気運が学界の中で高まりました。これがサンタフェ研究所の研究者を突き動かした複雑系ブームだったのです。
 
ICカードのローカルルールから透けて見える複雑な世界。最後は大きな話題になりましたが、興味深い話だと思いませんか。
 
京大教授が“切る”現代経済
vol.3 ICカードに透ける関東・関西気質

 著者プロフィール  

依田 高典 Takanori Ida

京都大学大学院経済学研究科教授/経済学博士

 経 歴  

1965年、新潟県生まれ。1989年、京都大学経済学部卒業。1995年、同大学院経済学研究科を修了。経済学博士。イリノイ大学、ケンブリッジ大学、カリフォルニア大学客員研究員を歴任し、京都大学大学院経済学研究科教授。専門の応用経済学の他、情報通信経済学、行動健康経済学も研究。現在はフィールド実験経済学とビッグデータ経済学の融合に取り組む。著書に『ネットワーク・エコノミクス』(日本評論社)、『ブロードバンド・エコノミクス』(日本経済新聞出版社。日本応用経済学会学会賞、大川財団出版賞、ドコモモバイルサイエンス奨励賞受賞)、『次世代インターネットの経済学』(岩波書店)、『行動経済学 ―感情に揺れる経済心理』(中央公論新社)、『「ココロ」の経済学 ―行動経済学から読み解く人間のふしぎ』(筑摩書房)などがある。

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(2017.5.10)
 

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