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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

シワを徹底的に研究
美と健康に挑戦!

 
 
吉井 苦労なさったのですね。東京に来られた目的はなんだったのでしょう。
 
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吉丸 何千万円もあった借金を返し、働き詰めだった母を助けたかったんです。それには事業を起こし経営者になるしかないと思い、チャンスのある東京を選びました。新宿歌舞伎町のそば屋でアルバイトをして学費を貯め、2年後、明治大学商学部に入学。奨学金をもらいながら卒業し、証券会社に就職しました。起業するには、金融や経営の知識が必要だと思いましたので。
 ところが、社会人4年目、甘言に釣られて手を出した環境ビジネスで落とし穴に落ち、1千万もの借金を作ってしまったんです。証券会社の若手営業マンの給料では、とても返せる金額じゃありません。
 
吉井 1千万も・・・。それで、どうなさったんですか?
 
吉丸 私のお客様にH.I.S創業者である澤田秀雄さんがいらっしゃったので、意を決して、澤田さんに相談をすることにしました。実は、H.I.Sが上場する時の副幹事もさせていただき、何十億という資金を運用していたんです。私が証券マンとしてトップを走り続けられたのは、澤田さんのおかげでした。
 もともとは、私が大学時代にアルバイトをしていた新宿歌舞伎町のショットバー 「パスポート」 がH.I.Sの運営で、当時から澤田さんにかわいがっていただいたという “ご縁” もあったんです。
 
 

自ら女性の足をもんだ足裏マッサージ店

 
吉丸 澤田さんは男気のある方で、すぐに良い返事をくださいました。「借金を返すために何をしたいんだ」 と聞かれたので、「会社経営がしたいです」 とお答えしたんです。それで澤田さんの 「日本を元気づけるため、若手起業家を育成しようじゃないか」 という篤志によるベンチャー企業として1996年7月に当社が設立され、私は代表取締役社長に就任しました。
 
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吉井 素晴らしい出会いに救われたのも、吉丸社長の人柄があったからこそでしょう。しかも、念願の経営者にもなれ、順風満帆ではないですか!
 
吉丸 ところが、それからも大変で(笑)。最初に目をつけた紫外線防止グッズが不完全品で、売っては返品の嵐・・・。実質、売り上げゼロの日々が続いたんです。次に決死の思いで着目したのが、当時、香港やシンガポールで流行していた足裏マッサージでした。そこでフットケアの店を西新宿に開いてみたら大成功! OL層の女性客が殺到し、1997年の10大ヒット商品として日経ビジネス誌にも取り上げられるほどの盛況ぶりでした。
 
吉井 足裏マッサージ店の先駈けと言えますね! 吉丸社長が手がけられていたとは知りませんでした。
 
吉丸 私自身もマッサージの研修を受けて、3000人くらいの足をもんだんですよ(笑)。ただ、フットケアの店は3年でやめました。お客様が殺到しすぎた結果、従業員1人の担当するお客様が1日に6人目を超えるくらいになると、マッサージが手抜き傾向になり、サービスの品質維持が難しくなることに気付いたのです。そこで、フットケアを通じて学んだ 「女性の美意識」 をヒントに、1999年、業界の規制緩和の波にも乗って、化粧品業界に新規参入しました。