先日、ある寿司屋さんで飲んでいたら、そこの女将さん曰く 「この前、テレビに出てたでしょう」 との問いかけ。二度目の訪問ですからまだ一回しかお会いしていないのに、顔を覚えていてくれたことに感謝。
オリンパスの含み損の飛ばし問題やら大王製紙の元会長に対する巨額貸付事件で、世の中がこれらの事件を大きく取り上げています。
そうです、先週はこのオリンパス問題に私の時間の多くを費やさざるを得なくなりました。TBSテレビの 「JNNニュース」、同 「Nスタ」 そしてフジテレビの 「とくダネ!」 へのコメント出演。そして長時間にわたるロイター通信からの取材やらで、資料の読み込み時間を含めたら大変な時間を割き、そして勉強させていただきました。
三回にわたり私のコメントが全国放送で流されたため、多くの方がそれを見て私に電話をかけてくれたり、テレビを見た者どうしで久しぶりの連絡を取り合ったりしていたようです。なお、これで7回目のテレビ顔出しですが、過去の記録はこちらのURLからどうぞ。
1、本稿の趣旨
まずお断りしておきますが、これからお話することは全て世の中に公表されている事実で、業務上知りえた事実ではないということです。インターネットでの情報もあれば日刊紙等の記事に掲載された情報もありますが、要は既に起こっていた事実だということです。従って、「公認会計士をこうやって騙しなさい」 という趣旨ではなく、「こういうことをしても無駄ですよ」 と言いたいわけです。
そしてコーポレートガバナンスとは何ぞや? という点についてはこの連載のコラムでも何度か取り上げています(例:本稿2010年4月号「日本相撲協会とコーポレート・ガバナンス問題」参照)。オリンパス事件を契機に、世界中から日本のガバナンスが批判される中、再度 「ガバナンスとは何か?」 をテーマに公認会計士監査の期待ギャップについて考えてみることにします。まず今月は近年の代表的な不正会計事例を紹介しましょう。
2、公認会計士を騙す方法
(1)手口その1 「郵便ポスト前で待ち受け」 ― 株式会社シニアコミュニケーション ―
このケースでは、会社自らが発表した「外部調査委員会による調査報告書のご報告について」(平成22年6月4日付)という資料が公表されています。この中に監査法人の会計監査の指摘を回避するために行われた不正行為及び犯罪行為というくだりがあります。引用します。
[1] 取引先担当者印、取引先会社印(角印)及び取引先代表印の偽造印を用いた有印私文書の偽造
[2] 進行基準に関する会計証憑の偽造
[3] 取引先になりすました不正送金による滞留売掛金入金填補
(I)関与取締役の資金を用いたATMによる当社への滞留売掛金入金填補
(II)ネットバンクを悪用した第三者口座から当社への滞留売掛金入金填補資金の送金
[4] 不正経理による第三者口座への不正送金
(I)給料の架空計上による第三者口座への不正送金
(II)ソフトウェアの架空計上による第三者口座への不正送金
(III)上記(I)及び(II)についてのファームバンキングを利用した当社から第三者口座への不正送金
[5] 残高確認の監査手続に対する犯罪行為
上記の様々な不正行為及び犯罪行為の中で、我々監査人にとっては信じられない犯罪行為は[5]の残高確認の監査手続に対する犯罪行為です。
監査法人や公認会計士である会計監査人による 「残高確認の監査手続」 とは、被監査会社の決算時点の売掛金等の残高について、会計監査人がその売掛金等の残高が記載された残高確認状を直接取引先に郵送し、取引先から郵送にて直接回答を得る監査手続で、私どもの監査の実証手続としては極めて重要な、証拠力の強い手続きとなっています。
当初会社は、売掛先に対し 「監査法人から残高確認状が届くが、記入金額に誤謬があったため、開封せず直接当社に返送して欲しい」 旨を電話連絡し、取引先から返送されてきた残高確認状に、会計監査上問題とならないような回答記入を行って、偽造した取引先の担当者印又は代表印を捺印、消印が取引先住所地管轄郵便局となるよう、取引先の住所地近くのポストまで出向かせ、監査法人宛残高確認状の返信郵便の投函を行わせていたとの記載があります。
この手口も二回目以降は、監査法人の担当公認会計士が郵便ポストに投函した残高確認状を直接的に詐取することを画策するに至りました。担当公認会計士が投函に向かう際これを尾行し、担当公認会計士が残高確認状を郵便ポストに投函後、その場から立ち去ったことを確認し、郵便局の集配係が来るのを近くで待ち伏せ、集配係が来たところで、「郵便物投函後に、内容に誤謬があることに気付いたので、この場で郵便物を回収させて欲しい」 旨伝え、投函された全ての残高確認状を回収したといいます。ここまでやるとは恐れ入りましたと言わざるをえない行為です。
(2)手口その2 「架空組合隠ぺいのためのプレハブ小屋建設」 ― ナナボシ事件 ―
この事件は、上場会社の会計監査人の被監査会社に対する損害賠償責任を一部認めた事案として注目されています。
この事件については 「判例研究・会計監査人の被監査会社に対する損害賠償責任 —大手監査法人の責任が認められた事例」 北沢義博氏・大宮法科大学院大学「大宮ローレビュー」(第5号2009年2月) に詳しく書かれています。
ナナボシの取締役11名のうち、9名が共謀し、さらに取引業者も協力して行われた粉飾事件です。これも監査法人の売掛金の残高把握のための直接確認の手続きから疑念を待たれないようにするための騙しのテクニックです。
このケースでは、2年間で59億円の架空売上をある架空の組合に対して計上していました。監査法人の売掛金等の残高確認状はその送り先が架空の組合であると返却されてしまうために、わざわざ架空の組合の所在地にプレハブ小屋を建てて郵便受けを設置し、監査人である被告からの残高確認状を受領するなどの巧妙な方法をとっていたことが確認されています。これとても監査人を欺くための偽装プレハブ小屋です。またまた恐れ入りましたと言わざるをえません。
なおこの事件では、監査法人の手続きに対し、原告である会社(ナナボシ)は、
[1] 御坊地区の工事の 「売上及び売掛債権の実在性」 について、注文書及び工事完了証明書の調査に留まったのは簡易にすぎる。上記以外に存在するはずの書類の存在を確認すべきであった。
[2] 顧客の実在性については、内部統制に依拠することができず、監査人自らが実証した方がリスクが少なく効率的である。
としていますが、これに対し裁判所は、「御坊地区の工事の実在性について追加監査手続を実施しなかったのは、「通常実施すべき監査手続」 を満たしているといえず、被告の監査手続には過失がある。」として一部損害賠償責任を認めています。つまり巨額の工事であったのだから、工事の実在性を確かめるべく現場に行って確認をしないのは手続き的に瑕疵があるということです。