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ところが今日の日本の社会のなかでは、市場経済だけでなく、非市場経済も、半市場経済も展開しているのである。そして、市場経済に存在のつまらなさを感じた人々は、非市場経済や半市場経済に関心を寄せるようになった。いまではどれほど多くの人たちが、あまりお金を使わない生活に憧れていることだろうか。
――最終章 現代社会と市場経済、非市場経済、半市場経済 より
 
 
 80年代頃は経営者やビジネスマンのための本といえば会計や財務・法務の実用書が店の奥の「法経書コーナー」にあるぐらいで、「ビジネス書」というジャンルはまだなかった。しかし現在、「ビジネス書」は花形の出版ジャンルである。書店に行けば入ってすぐのコーナーにポップな装丁で何冊も並び、経営者の自伝があるかと思えば、組織論やリーダー論の本があり、漫画で経営戦略を説く本があり、投資入門の本があり、一連の「○○術」はタスク管理術、最新ITツールの活用術、手帳活用術やメモ術までカバーする。直近では仕事のパフォーマンスを上げるメンタル・メソッドや瞑想法、健康術などがトレンドだ。本書もこの流れに沿う一冊と思いきや、それにしては愚直で泥臭い印象が残るのは、著者が共同執筆者も含めた全員の執筆動機として語る通り、一種の社会思想の実践を期して書かれた本だからのようである。
 
 
 半市場経済とは何か。本書はそれを、「市場を活用しているという点では市場経済であるが、活動の目的はよりよき働き方やよりよき社会をつくろうとするところにあり、目的が市場経済の原理から外れている」経済活動と定義する。代表例として「ソーシャル・ビジネス」や「エシカル(倫理的な)・ビジネス」と呼ばれるものがあるが、それらも半市場経済の一部であり、著者によればそもそも、「市場経済に関わる人間の活動の古層には、常に半市場経済的な営みがある」。例えば、“市場の見えざる手”の理論で現代の市場主義経済にお墨付きを与えたと思われている経済学の祖アダム・スミスも、「自己利益、自己愛という動機を認めながらも、共感と慎慮が彼の思想の大きな存在を占めており、いわゆる“経済人”の行動原理とされる自己利益の最大化と合理的行動の効率を信じていたとの証拠はほとんどない」(p176)。
 
 このように市場経済を問い直すと、「経済とお金」というカップリングも、現在思われているほど自明のものでなくなる。このことに、よくある清貧思想以外からアプローチしてみよう。通常、冒頭に引用した若者像は“持たざる者”としてお金=貨幣を嫌忌した描写と読まれるだろう。しかし、これはそのまま“持てる者”の慨嘆にもならないか。貧乏な若者は「あまりお金を使わない生活」に憧れるかもしれないが、富裕な資産家も「たくさんお金を使うこと」そのものに憧れているわけではない。むしろ、たくさんお金があることで一番良いのは、普段の生活でお金を使っている感じがしないところだろう。どちらも「お金を使わない生活」が良いのなら、それが本質的だということだ。ここに至って「経済」と「お金」は分離する。後者と不可分のものとしての「市場」と「経済」も分離する。そこに非市場経済、半市場経済が立ち上がる。
 
 本書第二章と第三章の事例からは、半市場経済についてもう少し具体的にイメージできる。そこに書かれるのは、経済活動を営むことで生まれたり育ったり動きはじめたりするもののうち、「縁」や「同感」や「仲間とのつながり」が「貨幣」と並んで相当の割合を占めて成り立っているビジネスの例だ。「オーガニックコットン」を日本に持ち込んだパイオニア企業の株式会社アバンティ、日本の家具メーカーで初めて合法性確認材「フェアウッド」の使用率100%と国産材使用率50%を達成した株式会社ワイス・ワイス。「自分一人でできることはやらない」という方針でヒト、コト、モノ、バショを活かした経済圏「フルサト」をつくった元Webディレクターのゲストハウス「へんぼり堂」、都市と農家の間にあえて留まり、両者を“つなぐ”役割から様々な仕事やプロジェクトを興している一般社団法人つむぎや。これらの例を知ると、経済活動によって生まれたり育ったり動きはじめたりするものの全割合を貨幣とその利殖が占める市場経済の特殊さに思い至らされる。
 
 最後に、第二章「エシカル・ビジネス」から「コーオウンド・ビジネス(従業員所有事業)」の引用を。「英国ではニック・クレッグ副首相がコーオウンド・ビジネスを2020年までにGDPの10%を占めるまでに押し上げると宣言した。米国ではすでに、コーオウンド会社が民間雇用の10%を支えるまでに成長している。さまざまな調査研究で、コーオウンド会社はそうでない会社と比較して、売上高、利益率、社員定着率、イノベーションの数、会社の持続性ともに優位であるとの結果が示されている。‥中略‥もうひとつの魅力は、事業承継策として有効な点である。実際、英米でコーオウンド・ビジネスが普及したのは、オーナー経営者たちの承継策として採用されたのがきっかけだった。」(p111)
 日本の企業でこれから増える課題の解決に、大いに示唆になりそうな一節だ。
 
 
(ライター 筒井秀礼)
 
 

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『半市場経済』
著者 内山節
角川新書
2015/9/10 初版発行
ISBN 9784040820255
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価格 本体800円

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(2015.10.28)
 
 
 
 

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