贈与と交換のコミュニケーション消費のうずの中で、あなたのなかに、ほんのちょっとだけ、あなたにしかできない相手を笑顔にし続けることが見つかるのです。これこそが今の時代の「自己実現」なのではないでしょうか。きっと自己実現だからこそ、ピンポイントにつながるネットのなかで、いっしょにたのしく切磋琢磨し続けられる同行の仲間を見つけてともに歩むことができるのです。
――第七章 人を幸せにするプラットフォーム より
紙媒体の部署からWebに移ってほどなく、「プラットフォーム」という言葉を知った。以来ずっと、頭の隅でその概念を意識してきた。本書のタイトルはドンピシャである。評者の場合、自分が関わるWeb媒体の収益向上策として、要は我が身の身過ぎ世過ぎのための世知辛い関心からだったが、本来これは「世界の全ての人たちのリベラルアーツ」という意味で意識してこそ真価を発揮する概念であるということを、この本を読んであらためて思い知らされた。
「本書で位置づけるプラットフォームとは、個人や企業などのプレイヤーが参加することではじめて価値を持ち、また参加者が増えれば増えるほど価値が増殖する、主にIT企業が展開するインターネットサービスを指します。少し専門的に言い換えれば、‥中略‥『ネットワーク外部性』がはたらくインターネットサービスです。」(p12)
「プラットフォームが社会をなめらかにし、人々の『モビリティ』が高まる。裏を返せば、これを使いこなすことで、自由で豊かな生活をたのしむことができるのではないでしょうか。『教養』を意味する『リベラルアーツ(liberal arts)』という言葉がありますが、その原義は『人を自由にする学問』ということです。同じ意味において、私はプラットフォームの知識を『現代のリベラルアーツである』と考えているのです。」(p130)
尾原氏の語りを評者の解釈も交えて再定義すれば、プラットフォーム=リベラルアーツとは、人が空間や時間の物理的制約にとらわれず、認知や発想などの主観的限界にもとらわれず、さらには潜在意識下の自主規制からさえも解放されて、この世界をありのままに味わい、体験できるようにするためのものであるに違いない。
著者はそれを後押しする企業としてGoogle、Apple、Facebook、Amazon、Microsoft、Twitter、Yahoo!の各社を挙げる。参加者の規模が国境を越えて広がるメガプラットフォームを提供するプレイヤーたちだ。さらに著者は、Googleのメガネ型ウェアラブル端末「Google Glass」のコンセプトビデオを分析しつつ、現在シリコンバレーで非常に重要になってきているという「マインドフルネス」の考え方について解説する。それは例えば、車社会のアメリカで人々が車中で車を運転して過ごす時間(1日平均2時間!)を、自動運転によって風景を楽しむ時間に充てられるようにすることであり、目的地に向かう人が初めての道を歩く時でもGlassのルート案内によってリラックスし、道端のかわいい犬にちゃんと気付けるようにすることだ。つまり、“世界をありのままに味わい、体験”できるようにさせようという考え方である。
プラットフォームを成り立たせる要素としては、引用した「ネットワーク外部性」以外にも、「収穫逓増の法則」「好意の返報性」「純粋想起」「垂直統合モデル」「健全な保護主義」「配電盤モデル」「コミュニケーション消費」などが解説される。概念化された=応用可能な要素が多数登場する点は、実際のビジネスのヒントを得るために本書を購入する読者にとって大きなメリットになるだろう。
意外なのは、実は日本発祥の要素が多いということだ。特に思い入れをもって解説されるのが「コミュニケーション消費」である。これはiモード、mixi、LINEといった日本型プラットフォームに顕著な要素であり、著者によれば、2010年代以降の新しい世界的プラットフォームのキーになることが期待できる概念だという。
そういった話に連動して、物づくりの新潮流を推し進める3Dプリンタの話、インターネット授業が教育を激変させた話、物の所有や旅の価値観を変えさせるシェアリングエコノミーの話などが、それぞれ具体的な事例とともに紹介される。経済読み物ないしルポルタージュとしても抜群におもしろい。
最後に、特に日本の企業関係者が最も読み逃してはならない点は、優れたプラットフォーム企業が例外なく「私たちはもっと豊かに生きられるはずだ」という直感を言語化し、信念にまで練り上げているところだと思う。GoogleやAppleの「共有価値観」――日本風にいえば企業理念――はともすれば過剰なまでに“文学的”だ。ロゴスで世界にアプローチする文化ならではの、なかなか真似できない点なのか? だとしても押さえておきたいところだろう。「(Twitterに取って代わられたmixiを惜しみつつ)もし、mixiが自分たちの強みを客観的に言語化し、大切な価値観としてうまく共有できていれば・・・」(p203)との後悔を重ねないためには。