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「何だかよく分からないもの」よりも「とても分かりやすいもの」ばかり希求するならば本日付けで編集者を辞めて田舎に帰ってしまえばいいのにと心底感じるが、(後略)
――第15章 “泣ける”と話題のバラード より
 
 
 
 本書を読みながら、この話法は知っている、自分のやり方もこれに近い、と思った。要は言葉で考えるやり方だ。この場合の「言葉」は、単語、各センテンスの言い回し、次のセンテンスの展開のさせ方、リズムまで含む。ちなみに「リズム」には、音読みした時の音や拍のそれ、段落の長短のそれ、意味の固まりの大小軽重としてのそれ、枝葉に飛んで本論に戻ってくるタイミングや頻度も含む。普通一般には「考えた/考えていること」が先にあり、言葉はそれを言い表すためのツールとされるが、時として「言葉」は、その人を、その人自身も考えていなかった世界に連れ出してくれることがある。つまり「言葉で考える」とは、「自分が考えられる世界の外延、深度の限界を、どんな言葉をどう使ったかによって広げていく」という意味だ。すると、瑣末な例だが例えばここまでの書き出しで、「普通一般には」は「普通は」でも「一般には」でも(自分の中で)正しくないし、「頻度も含む」のところは、「頻度まで」とするともっと豊かな意味世界に拓けていきそうな気がして、そう書いた先にある世界に行ってみたい誘惑に駆られる。(が、正しくない気がしてやめた。)
 
 たぶん著者の武田砂鉄氏も、思考、感性、批評の自由を「言葉」で担保する人なのだろう。だからこそ、「言葉」でもって個人の思考や精神の自由をせばめようとする社会――紋切型社会――が許せないのだ。本書は紋切型を象徴する現象に噛みつき、「言葉」を解放させる試みである。全20章の見出しを列挙する。
 
 
乙武君/育ててくれてありがとう/ニッポンには夢の力が必要だ/禿同。良記事。/若い人は、本当の貧しさを知らない/全米が泣いた/あなたにとって、演じるとは?/顔に出していいよ/国益を損なうことになる/なるほど。わかりやすいです。/会うといい人だよ/カントによれば/うちの会社としては/ずっと好きだったんだぜ/“泣ける”と話題のバラード/誤解を恐れずに言えば/逆にこちらが励まされました/そうは言っても男は/もうユニクロで構わない/誰がハッピーになるのですか?
 
 
 それぞれサブ見出しとの響きあいもおもしろいので、目次の見開きも読み流さないように勧めたい。紋切型社会への切り込み口だ。テレビでよく見るあの人のフレーズ、身近にいかにも言いそうな人がすぐ思いつくフレーズ、特定の職業を連想させるフレーズ・・・etc。「ヤバイ! 今日これ使った」という人もいるだろう。大丈夫。「言葉」が好きで、「言葉」そのものに罪はないと(たぶん)考えている著者は、例えば「別の語だった場合」を参照することで、言葉を紋切型への帰属から解いていく。
 
 第1章の「乙武君」は、『五体不満足』がベストセラーになった乙武洋匡氏が当初から一貫して「君」だったという「敬称による最適化」の話から始め、紋切型の1つである「最適化」に切り込む章だ。著者は国会議場で議長が発言者を指名する際の「○○君~」を例にとってこう書く。「女性で初めて衆議院議長を務めた土井たか子氏は、議員を『君』ではなく『さん』で呼んだ。『君』を対等だとは思えず、より均質な印象を感じさせる『さん』を意識的に使ったのだろう。」(p16)
 国会の〈場〉と議長の〈ポジション〉から最適化される呼称は明らかに「君」なのに、土井氏は「さん」を使った。彼女が社会党だったからか、党によらず彼女なら「さん」を使ったのか。土井氏の人物を知らなければわからないが、少なくとも今のいわゆる“自民党女子”が議長になって、土井氏と同じニュアンスで「○○さん」と呼ぶとは考えられない。むしろ、「○○君っ!」と一際高い声で議長席から呼んで、下の閣僚席で振り返った男性閣僚から“おっ、やったね”とばかり笑って指差され、笑顔でテヘぺロだ。そもそもアイドルとして以外の女性議長を出すはずがないのが自民党であり、いかにもありそうなこの身内内の笑顔の交歓(=承認)は、本書が一貫して指摘する、紋切型社会の祖形の1つである。
 
 空間的な上下と関係性の上下の位相が巧妙に転倒されている情景もあまりに既知だ。このままでいいのか。それこそ、236ページにある解放――「逆にこちらが励まされている場合ではないと思う」――に、禿同である。
 
 

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『紋切型社会』
著者 武田砂鉄
株式会社朝日出版社
2015/4/25 初版第一刷発行
ISBN 9784255008349
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価格 本体1700円

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(2015.5.27)
 
 
 
 

 

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