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「この本に、これから客観的事実を書く。‥略‥本書の内容は、小説家という仕事をする個人が、どのように、そしてどれくらいの収入を得ているのか、というデータである」――まえがきの「本書の内容は?」にある著者の定義です。そして内容を読めば、まさに! 著者が小説家・森博嗣(ペンネーム。本名は別にあるようです)になってから得た収入と支出の事実が、本人によるマーケティング的な分析や意見を時々はさみつつ、ひたすら網羅されていきます。第1章「原稿料と印税」から節見出しを一部抜き出せばこんなふう。
 
文章はいくらで売れるか?/原稿用紙1枚でいくら?/時給でいうといくら?/原稿料はなぜ一律なのか?/人気が出ると儲かる仕組み/「印税率」とは?/「増刷」が嬉しい理由/単行本と文庫の印税率/『すべてがFになる』の売れ方/増刷は不労所得?/印税率の根拠は?/売行きに応じて印税率を変える?/マイナであっても稼げる?/印税だけが収入ではない/ブログだけで年収1000万円/作家はどう営業するのか?/広報活動よりも大事なのは?/電子書籍の印税率について/翻訳されたらいくらもらえる?/漫画化されたらいくらもらえる?/印税ゼロで本を出してみた/長く売れ続けるためには?/作家という仕事の特質とは?
 
 
ラスト「特質とは?」が「本質とは?」になっていないあたり、森氏が“内から湧き出る衝動”や“表現者の本能”で小説を書いているのではないことが見て取れます。実際、森氏は「1作目から仕事のつもりで書いた」「練習でも小説を書いたことはなかった」と公言しています。
 
では、著者がこの本全体を通じて報告する、作家という稼業の「特質」、つまり客観的特徴は何か? まず執筆そのものの稼ぎである原稿料について。
 
1, 自分ただ一人の労働によって作業のほとんどが完結している。(資材を買ったり人を雇ったり後工程を他業種に任せたりといったことが極めて少ない)
2, 単位作業量あたりの報酬の個人差が小さい。(原稿用紙1枚あたりの原稿料は新人も高名作家も一律で4000~6000円。書く手間や作品の出来不出来で差がつくことも、エッセイと小説で違ってくることもない。書く量で稼ぎに差が出る)
3, 比較的短時間で生産でき、売り上げがそのまま利益になる。(森氏は小説原稿は1時間で6000字=約20枚書く。原稿料5000円なら1時間で10万円の利益)
 
さらに、執筆が終わって本になってからの稼ぎ、つまり印税があります。一番売れた『すべてがFになる』の場合、発表から2015年秋までの20年間で印税収入は計6100万円。57ページには全作品を合計した印税収入の年度別グラフもあり、それを見ると、なんて条件の良い仕事かと驚かされます。もちろん、売れればですが・・・。
 
しかも、実は、著者によれば、作家はマイナ(語尾を伸ばさないのが森流のよう)でも稼げる仕事なのだとか。例えば『F』は2015年秋時点までで78万部発行され、これは日本の人口の0.6%。「つまり、170人に1人くらいの割合になる。テレビの視聴率だったら即打切りだ」とは著者の自己分析。言われてみれば確かに、です。それでもやっていけるのは、ひとえに「自分1人で生産できるから」で、第2章「その他の雑収入」の「小説はたった1人で作れる」の節は丸々その説明になっています。
 
そして第3章「作家の支出」に続き、最終章の「これからの出版」が、やはり必読です。例えば、大量生産・大量消費は終わり、全てがマイナ化するという話。この巷説に森氏は、それは大衆の方からではなく、生産側が仕掛ける“次の手”だという見解を示します。「時代と環境が変わったから」で理解を止めず、生産側が利益を追う結果としてやり方が変わっていくのだとする、新鮮な指摘です。
 
また、電子書籍の普及で、現在既に、出版社を通さなくても誰もがデビューできるとした後で、「ただ、上手くすれば儲かる、なんて楽観するのは、残念ながら軽はずみだろう」と牽制します。理由は、素人作家にそれができるように、プロの人気作家も同じことができるから。しかも、儲かる可能性はプロのほうがずっと高いからです。「そこに気付いている人は案外少ないのではないか」という指摘は、小説以外の様々な分野にも通じそう。「ネット時代はニッチビジネスで成功!」みたいなキャッチコピーに煽られ気味の現代人に、甘くて苦~い1冊です。
 
 
(ライター 筒井秀礼)
 
『作家の収支』
著者 森博嗣
幻冬舎新書
2015/11/30 第一刷発行
ISBN 9784344984028
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価格 本体760円
(2016.3.23)
 
 
 

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