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甘い? 甘くない?

 
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yamasan / Pixta
今月10日は「無糖」の日。無糖とは無糖茶飲料です。無糖茶飲料とは、清涼飲料水のうち茶系飲料の中でも、砂糖や果糖ブドウ糖液糖などの糖分を含まない飲料のこと。
 
近年、この無糖茶飲料の市場が拡大しています。昔は清涼飲料――最後の「水」を言わないことでミネラルウォーター類と区別する習慣がありますよね――といえば、炭酸飲料や缶コーヒー、果汁飲料などの“甘い系”ソフトドリンクのことでしたが、今はミネラルウォーターも含め、“甘くない系”も指すようになりました。コンビニで冷蔵棚を眺めても、「茶、茶、茶、茶、水、水、水。コーヒー、コーヒー。炭酸飲料・・・」ですよね。
 
価格が一段安くて料理にも使えるミネラルウォーターがよく売れるのは当然として、商品開発でも技術・設備面でも普通にコストがかかる通常価格の茶系飲料が、「実は最強の麻薬」とされる砂糖あるいはその強化版である異性化糖類――果糖ブドウ糖液糖もその一種――入りの飲料を抑えて一番よく売れているのは、考えてみれば不思議かもしれません。
 
 

無糖茶の中でも麦茶が伸びている

 
その無糖茶飲料の中で、近年特に伸びているのが麦茶です。
 
麦茶は昭和の時代あるいはもっと前から、夏の風物詩的な飲み物として親しまれてきました。冷蔵庫が一般家庭に普及した60年代後半には、夏場になればどの家庭でも、ティーバッグで水出しした麦茶のポットが冷蔵庫のドアポケットに入っていました。子どもたちは外の遊びから帰ったら一目散に冷蔵庫のドアを開け、冷えた麦茶をゴクゴクゴクッと喉に流し込み、「どぅっはぁ~」と、まるでビールを飲んだ大人のようなリアクションを見せたものでした。
 
食品産業新聞社の2021年夏の報道によると、麦茶飲料の市場は年々拡大を続け、2019年に約1105億円。10年で約3.5倍の規模になりました。また、農林水産省の食品産業動態調査を元にしたJ-marketing.netの今年3月の記事でも、麦茶飲料の2023年の生産量は前年比6.2%増の144万1337kl。3年連続で過去最高を更新しています。麦茶が“キテる”ことは間違いなさそうです。
 
 

計画停電で火が点き、酷暑で飛躍

 
麦茶市場の拡大について、伊藤園の麦茶・紅茶・中国茶・健康茶ブランドマネジャーは、2011年の東日本大震災後の計画停電と2018年の酷暑が契機だったと解説します。「計画停電の中での暑さ対策として麦茶が注目されるようになり、それまで400億円に届かなかった市場が一気に伸び始めた。もう一つの契機が18年の酷暑で、ここで成長度合いがもう一段上がった」と*1
 
エアコンの冷房を使わなくても脱水症にならないよう、ノンカフェインで利尿作用がない麦茶で水分補給に励んだのが最初のきっかけ。6~8月の平均気温が東日本で平年差+1.7℃に達し、熊谷では観測史上最高気温41.1℃を記録した2018年の酷暑が二番目のきっかけということです。
 
言うまでもなく、夏場の猛暑は近年の趨勢的傾向であり、温暖化――二酸化炭素のせいか太陽活動のせいかは知りませんが――がこの先もしばらく続くなら、麦茶飲料にとっては追い風でしょう。長らく伊藤園の「健康ミネラルむぎ茶」の一人勝ちだった市場も、ここ数年はサントリーの「GREEN DA・KA・RA やさしい麦茶」やコカ・コーラの「やかんの麦茶 from 一(はじめ)」などの新ブランドが台頭し、活気づいています。
 
市場創造型商品――新たにジャンルを創って売る商品――と違い、麦茶は昔からある飲料です。かつてミネラルウォーターが、「金を出して水を買う人がいるもんか」と否定されながら市場に出て、2015年にコーヒー飲料を抜き、2020年に炭酸飲料を抜き、ソフトドリンクの生産量ランク2位に躍り出たのと同じように*2、茶系飲料の中での麦茶のプレゼンスも、これから変わっていくでしょう。
 
 

緑茶の憂鬱

 
とはいえ現在のところはまだ、緑茶が茶系飲料の過半を占めています。生産量ベースで53%。麦茶は同24%に過ぎません。緑茶に比べると価格を高くしにくい――販売額ベースだと麦茶は20%に下がります。緑茶は逆に56%に上昇――、引いては、緑茶におけるほどの動機が供給側で生じにくいことを考えると、緑茶が麦茶に並ばれる日はそうそう来ない気がしてきます。
 
ただ、緑茶にも弱点はあります。ネオニコチノイド系農薬残留の問題です。
 
ネオニコチノイド系農薬、略してネオニコ。川釣りや湖での釣りが趣味の人であれば、1990年代前半から急に魚が減った原因として、知っている人は知っている農薬です*3。この農薬が、緑茶飲料には100%含まれているとすればどうでしょうか。
 
ノンフィクション作家の奥野修司氏の2020年末の著書によると、日本は国が定める農薬の残留基準値が他国に比べ非常にゆるいそうです。例えば台湾では、ネオニコの一つであるチアクロプリドは日本の基準の600分の1、チアメトキサムは20分の1、アセタミプリドは15分の1までしか許されないそう*4。同じ趣旨の指摘は翌年5月末発売の『週刊現代』の記事にもあり、この前後は食の安全の分野で「日本茶と農薬」が一大センセーションになっていたようです。
 
ただ、この件に関しては農薬工業会が6月7日に反論見解を発表。許容一日摂取量(ADI)と急性参照用量(ARfD)に照らして健康上の問題がないこと、また、当該品が農薬登録されていない国と日本とでは基準値の扱いが違うので比較すること自体に意味がないことを指摘し、騒動はひとまず収まりました*5
 
ただし、そうはいっても、同じネオニコ系が使われている(農薬登録されている)EU圏の「Teas(お茶)」の基準値と日本のそれが結構違うことは事実です*6。この辺り、そもそもネオニコでないといけなかったのか、今もそうなのかまで含めて、再検討してもよいのではないでしょうか。人間に害がなければ生態系へのダメージは無視してよいというのでは、魚たちが浮かばれませんし、緑茶の憂鬱も晴れません。
 
 

麦茶が緑茶に並ぶ日

 
では翻って、麦茶の残留農薬はどうなのか。奥野氏が尋ねた北海道大学の池中良徳教授によれば、麦茶やウーロン茶からはネオニコがあまり検出されませんでした。池中教授は「焙煎する過程でなくなったのだろう」と推測します。ネオニコは通常270℃以上で分解されるからです。
 
緑茶は100℃の蒸気で生葉を蒸して原料の茶葉をつくりますし*7、充填・殺菌工程まで含めても、商品の製造過程で135~140℃を超えることはありません*8。生葉栽培の段階で現行の基準を変えない限り、緑茶飲料の残留農薬の問題は今後もくすぶるということです。
 
そう考えると、茶系飲料カテゴリーで麦茶が緑茶に並ぶ日は、意外に近い気がしてきます。
 
潮目は「夏の風物詩的商品」という今の認知が「通年商品」に置き換わるときでしょうか。昭和世代としては「冷蔵庫の麦茶ポット」の追憶とともにそこはかとない寂寥を感じますが、これも世の理というもの・・・。
 
ひとまず今年の夏は、太陽の下で麦茶を飲んで、海釣りを楽しみます。
 
 
*1 麦茶飲料、各社マーケティング強化し活性化 猛烈な暑さで需要後押しか 飲用者数と飲用頻度がともに増加(2023年7月19日・食品新聞)
*2 清涼飲料水統計2023(一般社団法人全国清涼飲料連合会)
*3 魚はなぜ減った?~見えない真犯人を追う(公益財団法人日本釣振興会YouTubeチャンネル)1:35:35以降
*4 「日本の基準はゆるすぎる」緑茶の飲みすぎは"農薬中毒"を引き起こす(2021/01/12・President Online)
*5 週刊現代「日本茶は農薬まみれ」に農薬工業会が反論見解をHPで公開(2021年6月8日・JAcom)
*6 日本のお茶、本当に安全なの?お茶の農薬まみれ問題は、結局デマなの?(2024.03.27・よし研ラボ)
*7 シバタ塾4-2.「蒸熱工程-熱の性質」(カワサキ機工株式会社)
*8 緑茶飲料の製造に必要な基礎知識(木本技術士事務所)
 
 
(ライター 横須賀次郎)
(2024.6.5)
 
 

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