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おにぎり需要が高まった背景

 
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筆者自宅近所のおにぎり専門店のおにぎり
おにぎり専門店が増えています。――と言い切りながらなんですが、これは筆者(都内西部在住)の生活実感とメディア報道からの印象で、数字の裏付けはありません。いくら調べても調べても、「米の消費動向」(農林水産省)とか「おにぎり・その他」の年間消費支出額(総務省家計調査)とかが見つかるだけで、おにぎり専門店の店舗数を調べた統計資料はなかったからです。
 
なので、代わりに食べログで「おにぎり専門店」でヒットする3707件を、2024年春現在の全国のおにぎり専門店の概数としておきます。なお、2014年のYahoo!知恵袋に「食べログで掲載は2400店以上」と記載があるので、増えていることは間違いなさそうです。
 
おにぎりの需要が高まった理由はいくつか考えられます。コロナ禍でテイクアウト需要が高まったこと。2015年の「おにぎらず」誕生以来、おにぎりが簡易食だけではなくなったこと。同時期にグルテンの健康への悪影響が囁かれるようになり、パンやパスタなどの小麦粉食品を避ける風潮が生まれたこと。「ぼんご」や「おにぎり浅草宿六」など専門店がメディアで紹介され有名になったこと。等々。
 
グルテンに関しては、日本人の7割から8割が体質的にグルテン過敏症かアレルギー(notセリアック病)を持っているという認識が広まってきています*1。また、ロシア‐ウクライナ戦争で小麦の国際需給が逼迫し、円安もあいまって小麦粉の価格が上がったいっぽうでコメの価格は安定していることも、パンなどに代わっておにぎりが注目される下地になったと思います。
 
 

脳に休養、生活にデトックス

 
筆者の直観では、これらに加えて、食事に割くエネルギー(気力・体力)を減らしたい現代人の生物的欲求があるのではないかと思っています。パンは噛み裂いて咀嚼しないと食べられませんが、粒食であるご飯は口に含んでちょっと噛めば、究極的には飲みこめます。
 
つまり、食の喜びより食べる面倒くささのほうが勝つ人が増えてきたのではないかという推理です。そう言うと嫌味に聞こえますが、筆者がここで思うのは、想定したいのは、漫画家の故・杉浦日向子さんの『百日紅』下巻「心中屋」で町娘が心中屋に依頼して言う台詞――「飯(まま)食って糞(ばば)するのが面倒でよう」のニュアンスです。
 
現代人は処理待ちの情報刺激を脳に大量に抱えて生活しています。日夜、「強いコンテンツ」「わかりやすい刺激」に囲まれています。食べる面倒くささのほうが勝つ人が増えてきた理由が、漫画家が描いた「生のデカダンス」と呼べそうな高尚なものでなく、単に、エネルギー(気力・体力・時間・お金)を食事行為にまで回せなくなっているせいだとしたら、脳の休養と生活のデトックスを意識したほうが良いかもしれません。
 
 

おにぎりはソウルフード

 
そこで光るのがおにぎりのソウルフードとしての側面です。
 
一般社団法人おにぎり協会は、おにぎりを、日本が誇る「ファーストフード」であり「スローフード」であり「ソウルフード」であると定義します。また、「江戸時代の旅人の弁当は、笹の葉などで包んだおにぎりに漬物と相場が決まっていた」として「モバイルフード」を定義に加える食の総合コンサルタントもいます。さまざまなアプローチがありますが、一番はソウルフードであることは、誰もが認めるところでしょう。
 
おにぎりは日本人のソウルフード。そして、ソウルフードということは、土地ごとに、地域の人たちにとってソウルフードのおにぎりがあります。食べれば無条件に元気が出る。心がほっとする。そんなおにぎりです。
 
あるいは、住人でなくても、何かの縁でその土地を訪れてそこのおにぎりを食べ、心を揺さぶられ、私的ソウルフードに思い決めることもあります。そこから自分のおにぎりの嗜好を自覚したり、その店ならではの具や握り方に目が行ったり。また、「特に何がどうというわけじゃないのに、なんでここのおにぎりはこんなにおいしい?」と、味わい深さのわけに思いを馳せることも楽しい。ご飯、塩、海苔、具――たったこれだけのシンプルな料理なのに、おにぎりの世界は実に奥深いのです。
 
 

上げ潮のおにぎり専門店

 
おにぎり専門店をビジネスとして見たとき、メリットは下記が挙げられます。
 
1、飲食店の中では比較的少額で開業できる。(必要な調理器具やスペースが少ないため、初期費用が抑えられる)
2、専門技術を必要としないため、人材を確保しやすい。(おにぎりは高度な技術はいらないので、未経験者も簡単な研修で即戦力にしやすい)
3、ロスが少ない。(梅干しや昆布など日持ちする食材も多く、食品ロスが出にくい)
※中小企業基盤整備機構運営「J‐Net21」業種別開業ガイド おにぎり専門店 より

 
いっぽう課題は、同業他店と差別化しにくいことと、客単価が500円程度と低くなりがちなこと。また、専門店が増えたといっても、消費者の購入チャネルは現状、コンビニが59.6%で圧倒的です。おにぎり専門店は9.4%に過ぎません(ぐるなびリサーチ部2023年6月調べ)。
 
ただ、同じ調査で「おにぎり専門店で購入してみたい」人の割合は79.9%に上っています。理由は「お米が美味しい」「具材が美味しい」という専門店ならではの強みが49.7%、46.9%でツートップ。次点の「具材の豊富さ」「握りたてが食べられる」にいたっては、コンビニおにぎりが真似したくてもできない要素です。「話題になっている、流行っている」が13%止まりなのも、むしろソウルフードらしくて頼もしい。
 
また、公益社団法人米穀安定確保支援機構の最新調査では、令和5年度の一人一ヶ月あたり精米消費量は、家庭内消費が前年同月比をほぼ毎月下回るいっぽう、中・外食消費は前年同月比を毎月上回っています。それも11ヶ月平均6.66%というなかなかの上回り具合です。おにぎり専門店には上げ潮が来ています。
 
 

よく噛んで食べよう!

 
個人的には、先月上旬に取材出張で訪れた伊豆半島の下田市で食べた「ふじ乃家」さんのおにぎりが、しみじみと味わい深く、下田を訪れる際は必ず買い求めると心に決めました。私的ソウルフードです。
 
特に特徴はないのです。具もシャケやタラコ、昆布、梅、のりべ――ご飯が隠れるくらい海苔でぐるっと巻いたおかかのおにぎり。可憐な女将さんいわく「のりべん」ということだそう(笑)――などの一般的な具です。たぶん手握りではなく型で握っているので、仕上がりがホロッとしてご飯が口の中でほぐれます。
 
そして都内での暮らしに戻った後日。「ああ、それだ」と思い当たった究極の要素は、水。下田滞在中のどの旅館、どのホテルでも部屋の水道の水がおいしくて、外でもペットボトルに入れて携行していました。郷里の仁淀川水系の水を思い出します。下田市の水も、きっとあれと同じくらい清冽なのだと思います。
 
そう考えると、「一番のソウルフードは結局水か!」と思えてきます。水がおいしい土地の食べ物はおいしい。おにぎりも、やっぱりその土地に行って、よく噛んで、食べたいですね。
 
 
*1 ネット記事はセリアック病に関しては「白人の0.5~1%」と医学的に検証された数値を書きますが、よく読むと、その他の非セリアック性のグルテン不耐症については一様に出典研究も検証数値も示さず、「~とされています」「~と言われています」と伝聞に終始します。疑問に思い調べてみると、非セリアック性症状については世界でも研究が端緒についたばかりで、病理学的に民族差を示唆できるレベルにはありません。「グルテンフリー」の語が一人歩きしている現状と、安易にナラティブを振りまくメディアの姿勢は、少々問題だと思います。
 
 
(ライター 横須賀次郎)
(2024.4.3)
 
 

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