予期せぬデジタルデトックス
筆者は特別デジタル接触時間が多いほうではなく、職業柄、メールやLINEやMessengerなどの連絡系アプリは無理のない範囲ですぐ見るようにしている程度だが、18時間もスマホをまったく意識しない体験――しても反応が期待できないのだから――は新鮮だった。と同時に、スマホを持ち始めて約10年、起きている間はうっすらとではあっても常にスマホと意識がつながっていたことを感じ知らされ、「デジタル接触時間が多い人はこりゃ大変だ」と、現代人の趨勢を思いやったことだった。
コインチェック社の大塚雄介氏によれば、現代では「多い人で生活の4分の1くらいの時間をFacebookやInstagramのようなSNSに触れて」おり、「それは結局、その分デジタル空間上に自分の意識があるとも言える」という*1。SNSに触れるまで行かなくても意識が常にスマホとつながっていたことは体験したばかりだ。これと「デジタル空間上に自分の意識がある」こととはどれだけ違うか。メタで見れば実質同じではないのか。少なくとも18時間前のデジタル空間上には意識を置いてきたはずなのだ。
急速に勃興するメタバース
ガチのオンラインゲーマーではない、仮想通貨や暗号資産を売買しているわけでもない一般の人たちがメタバースの勃興を一番身近で感じるとしたら、社名を変えてまでメタバースに力を入れている旧Facebookの動きを通じてだろう。そのFacebook、現Metaは、11月29日に「メタバースでのビジネスチャンスを理解するための3つのポイント」という記事を公式にアップ。一般への知名度を活かし、この分野を牽引するプレイヤーだと印象づけるとともに、メタバースで成功するためのレールを標準化して見せた。
レールの説得力の多寡はまた別の話だ。――が、ただでさえ雲をつかむような話に終始せざるを得ないメタバースについて、一般にもわかる言葉とレベルでとらえ方を整理した姿勢は、直接エンドユーザーと接するサービスを運営する企業ならではだろう。もちろんそこには、他のプレイヤーが自社の事業展開に自然に沿うよう誘導する意図も透けて見えはする*5。――が、ともかく彼(ザッカーバーグ)によればポイントは次の3つだ。
1. 今の2次元のアプリに注力することが、来るメタバースへの架け橋になる
2. メタバースによって、現実世界の体験の質が高まる
3. メタバースは、ともに創られ、責任のもと構築される*6
NFTの資産性はどこから来るか
違法か合法かはあるとしてコピー流通が原理的にし放題だった従来のデジタルデータに比べ、ブロックチェーン上に書き込まれたデジタルデータは――結果的にだが――コピーできない。正確に言えば、あらかじめプログラムされた数量を超えて出回っていれば違法コピー(偽造)も含むと目される。従って違法コピーは結果的に売買の局面には入ってこないし*8、改竄すると痕跡がデータ上に残るので真贋が必ず判別できる結果、改竄も起こらない。つまり、かつては不可能だった「稀少性」と、プログラム次第では「唯一性」ないし「一回性」をデジタルデータに付与できるということだ。
「稀少性」「一回性」と来れば想像できる通り、ここからは容易に資産(有価財)が生じ得る。NFTが急速に注目され始めたのは、昨年3月にTwitter創業者のジャック・ドーシー氏が2006年3月22日の自身の初ツイート(「just setting up my twttr」の5語)をNFTマーケットプレイスに出品し、約3億1700万円で落札されたのがきっかけだったようだ。
単純にテキストととらえれば氏のツイートは誰でも読めるし――今書いた通りだ*9――、画面のビジュアルも検索すればいくらでも出てくる(例えば「美術手帖」記事)。ただし、これをデータで持とうとすれば「世界初のTwitterデータ」という唯一性と一回性が付いてくる。
問題は「それだけのことに何億円もの価値があるか?」ということだが、一般の我々が唯一性と一回性の価値を近似的に想像するうえでは、ホームページ黎明期のURLドメイン争奪戦を思い出せばいい。自社サイトの英名表記をそのまま、シンプルに美しくURLに入れ込めたことで、どれだけ気分が良かったか(場合によっては費用もどれだけ浮いたか)。また、経営者以外の一般の人たちも、例えばフリーメールアドレスを取得する際に、@の前が希望通り(入力申請の通り)に受け付けられたときは嬉しかっただろう*10。
NFT抜きのメタバースはオルタナティブ現実になり得ない
メタバースのような仮想空間を論じるとき必ず問われるのが「現実とは何か」で、決まって「視聴覚のみの世界に現実(感)はあり得ない」で話が終わるのだが、「現実」を担保する、あるいは「世界」を担保するのに、そんなに言うほど〈情報量〉――感覚器官に入力されるそれ――が必須だろうか。情報量の充足/不充足とは別に、対象が何であれ〈絶対性を感じられる度合い〉が強ければ、「現実(感)」は担保されるのではないか?
この文脈で「世界」の成立要件を考えるなら、「価値」と「想像力」は重要な要素になるだろう。「自分にとって絶対的な価値を感じられるもの」があればそこは「世界」になり得るということだ。NFTによって有価財がメタバース空間間をまたいで通用し、交換――譲渡や販売といった価値のコミュニケーション――が成立するようになれば*11、メタバース内で実際に接触するのはアバター同士であっても、「世界」の感覚は生まれるのではないか。
現状はまだ、少数の例外を除き、リアル現実で価値を持っているブランドがメタバース空間でもう一度価値を持っていく過程に我々は付き合わされているだけだ。ディズニーやナイキやアディダスやドルチェ&ガッバーナが、リアル現実で価値を持っている程度に応じて、特定のメタバース空間内で価値獲得の劇をリプレイしている。その意味ではメタバースはまだオリジナルの「世界」性を獲得していない。ただ、10年先、20年先はわからない。その頃になれば私たちはどんなオルタナティブ現実を生きているだろう。
*2 「日本メタバース協会」の違和感 “当事者不在”の団体が生まれる背景(ITmedia NEWS 2021年12月10日)
*3 「メタバースは8兆ドルの市場」モルガン・スタンレーが語る (MoguraVR 2021.11.24)
ディズニーがメタバース参入を準備中 CEOが収支報告の場で発表(MoguraVR 2021.11.11)
*4 メタバース分野の強化 (PRTIMES 2021年12月17日)
*5 仮にその意図が明白には示されなくても、例えばサンドボックス創業者が忌々しそうに語る懸念はそのような“未必の故意”にも向けられているはずだ。
*6 メタバースでのビジネスチャンスを理解するための3つのポイント(Meta)
*7 NFTとは何かをマンガでもわかりやすく解説、なぜデジタルデータに数億円の価値が付くのか?
*8 カウンターカルチャーの一種として値が付く可能性はゼロではないだろう。
*9 これは偽造・偽筆ではない。しかし厳密には、〔「美術手帖」記事上で範囲選択→メモ帳ファイルにコピペして書式情報を除去→Wordに貼り付け〕したので、“偽筆”には当たるだろうか。では自分でタイピングすればよかったのか? その場合、うっかりすればtwttrをTwitterと打ってしまいそうだ。こうなればただの粗悪品の海賊版だろう。
*10 筆者はたまたま、起業を決めた2014年7月に姓名の単純表記で申請してみたらGmailアドレスが取れたので、以来、仕事用はGmailを使っている。2014年7月10日以降に単純表記で希望した同姓同名の人たちには心の中でいつも、「ごめんなさいね、えへへ」と言っている。
*11 ただし、これは「別のメタバース空間では案外評価されなかった(値が付かなかった)」という落胆も込みで、だ。逆に「予想外に高く評価された(値が付いた)」ということもあるだろう。それらも含めて価値の交換というコミュニケーション行為なのだ。
(ライター 筒井秀礼)
(2022.1.5)
(2022.1.5)