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『里山資本主義』(角川oneテーマ21)という本が、昨年7月の発売から1年たっても売れ続けて24万部を超えるベストセラーになっている。
地域エコノミストの藻谷浩介氏とNHK広島放送局取材班が番組づくりから書籍化したもので、「里山資本主義」という言葉の生みの親は、取材班の井上恭介プロデューサーだ。きっかけは、おカネを回して拡大、成長することでしか幸せになれないというアメリカ発の常識に世界が覆われていくことに疑問を持ったことだという。
戦後70年、私たちが追い求めてきた豊かさとは、おカネを稼いでモノに囲まれることだった。そうした暮らしは水や食糧、エネルギーという生存に必要な物資を生産地から中央の消費地へ間断なく送ることを前提した巨大なシステムの上に成り立っており、足元のシステムが破綻すれば食糧も電気も届かなくなる、脆弱さを抱えた暮らしだった。海外から運ばれてくる食糧やエネルギーに頼っている不確かさ・・・・この、多くの日本人が無意識に抱いていた不安や危うさを、東日本大震災が目に見えるものにした。いくら手元におカネがあっても、いざとなったら何の助けにもならないことが実証されたからだ。
井上氏は、これまで捨ててきた、おカネに換算できない自然や人間的な絆といった価値を有効利用していけば、もっと豊かに暮らすことができると言う。山あいの農村に暮らす人は、ちょっと歩けばたきぎの4~5本は拾える。過疎地の島に住む人は、ちょっと釣り糸を垂れれば、家族の夕食の食卓を飾る魚の数尾くらい釣れるかもしれない。そうした自然の恵みを享受する暮らしは、おカネの循環が全てを決する前提で構築された「マネー資本主義」の経済システムでは「ちゃんとした経済」に入れてはいけないと思われてきた。それに異を唱え、おカネに依存しない経済システムを大事にしようというのが「里山資本主義」という考え方である。
帰省などで地方への人の移動が増える8月、今静かに注目されつつあるこの考え方を紹介しよう。
「里山資本主義」の明確な定義はまだ定まっていないが、実例がある。岡山県真庭市では、製材所が有料で廃棄していた木くずを燃やしてバイオマス発電を行い、木くずのペレットが燃料になるエコストーブの普及により、原油=エネルギー価格の高騰に左右されない地域経済を確立させた。広島県庄原市では、住み手のいなくなった空き家を地域の高齢者が集まるデイサービスセンターなどに転用。家庭菜園から出る食べきれない食料を施設で活用し、提供者には対価として地域通貨を配り、使ってもらっている。国内だけでなく海外の先進国でも、森林資源の活用を国の基幹産業に指定したオーストリアが、経済不調のヨーロッパで一人勝ちしている。
いずれの事例も、森林資源を代表とする十分な自然エネルギーに恵まれ、商業流通から外れた食料を融通し合える人口規模の里山だからこそ、という留保は伴うものの、里山資本主義は、経済の「サブシステム」として自分の生活にちょうどよい割合で取り入れてゆくものとしては充分に説得力がある。
NHKの『クローズアップ現代』で紹介された「ダウンシフター」という生き方も、「里山資本主義」に似た生活スタイルの一つだ。これからの日本は、右肩上がりの経済成長は望めない。あくせくおカネを稼ぐのでなく、暮らしに必要なだけ稼げばよい・・・・生活をシフトダウン=減速してつつましくても自由に心豊かに生きるというスタイルである。
勤め人でも、「100%会社」で生きなくていい。残業もしない。給料は減るけれど、自分の時間を確保し、新しく生まれた時間で好きなことができる。身の丈に合ったものを買うのでぜいたくはできないが、家族とともに過ごせるぜいたくを手に入れられる・・・etc。