B+ 仕事を楽しむためのWebマガジン

トピックスTOPICS

なるほど、なるほど。こういう本ですね。テーマ買いのジャケ買いで選びましたが、これはこれでいいと思います。実際に書かれた内容をやれば効果はあるからです。唯物論の良さ、唯物論的思考の健康さはこういうところ。「筋肉は裏切らない」ですもんね。
 
本書はフィジカルトレーナー歴25年で五輪メダリストから著名経営者まで顧客に抱え、自身もフィットネスクラブ・ジムを経営されている吉田輝幸氏による、経営者向けトレーニング指南本。コピーは「ビジネスマンも、アスリートだ!」です。
 
これ、物書きにも言わせてください。「ライターも、アスリートだ!」と。日に多いときは14時間集中し続け、それを3週間持続し、8万~10万字でワンパッケージの成果物に仕上げる仕事。人にもよると思いますが、評者氏は一本上げるごとに2㎏体重が減ります。一日300歩も歩いていないのに、です。
 
思うに、物を書く仕事でお腹が出ている人は、脳に送る糖分が切れて「あ、ヤバい」と感じた時にすぐ食事をとる習慣を会得した人だと思います。そこで1時間遅れれば後のペースに乱れが生じる。常に血中糖分をフローで回せば――脳は糖分をストックできないことは176ページ参照――ペースを維持できます。評者の場合、むしろ1時間遅れて肝臓や皮下脂肪にあるストックを糖分に変えて使うスイッチモードの習慣が身に付いてしまったので、こうなりました。もっとも、普段から銭湯に入る前と後とで体重が2㎏変わる体なんですが。
 
――と、ここまででおわかりの通り、本人が語る本人のカラダの話は、大なり小なり鬱陶しいです。「言ってる本人は楽しいのはわかるけど、延々聞かされるほうはね(苦笑)」という感じで、そこはかとなく辟易します。筋トレにハマった中年男性が筋トレの良さを滔々と語るのは、健康にハマった中高年女性が健康話で明け暮れるのと同じだ、と言えば、ニュアンスが伝わるでしょうか。
 
本書がそれらのカラダ話と違うのは、本人の話にしていないから。トレーナーという客観的位相から語っているからです。自分がやってどうだった、こう変わった、という話は、気付く限りただの一行も出てきません。いくらでもあるだろうにも関わらずです。その意味で、“筋トレおじさんもの”が苦手な読者――あの世界共通の「理屈抜きの陽性性」そのものが苦手な読者――にも受け入れられると思います。
 
以上のように本書の位置づけを読み解いたうえで、内容を見ると、ビジネスマンに必要な6つの力――分析力/決断力/挑戦力/行動力/自己肯定力/免疫力――のそれぞれに対応する身体条件というものがあり、それらはトレーニングによって鍛えることができる、と書かれています。いわく、分析力は整った呼吸で、決断力は強い心臓で、挑戦力はお尻の大きさと柔らかさで、行動力は脛(すね)の筋肉で、自己肯定力は背骨のゆるさで、免疫力は正しい食事で、それぞれ高められる、と。
 
呼吸と聞いて思わず「全集中!」と叫ぶ人も多いと思います。私見ではあれは初代『ジョジョの奇妙な冒険』における「波紋」以来の、源流を『北斗の拳』に、あるいはさらにさかのぼって『リングにかけろ』の影道(シャドウ)一族に見ることのできる『週刊少年ジャンプ』の伝統芸――その意味で「後期昭和」の象徴でもある――ですが、呼吸が分析力(=脳活性)に寄与することは一般の我々も日常で実感するところ。
 
そのために本書は、酸素をより多く肺に取り込めるようになるエクササイズを第1章で教えてくれます。個人的には、腹部や背面だけでなく「脇腹も360度風船のように膨らませるイメージで」と書かれていたのが盲点でした。できている人は自然にできていることですが、できていない人ができるようになるためには、これは大事な言及だと思います。
 
また、決断力と心臓の関係では、「言われてみれば肺循環を意識していなかったな」と気付かされました。なんとなく血流は「左の心臓から出て右の心臓に帰ってくる」とだけイメージしていましたが、右心室から肺に行って肺でガス交換を終えて左心房に戻って、左心室からあらためて動脈に出ていくんですものね。その意味では心臓も呼吸器だよな、と再確認した次第です。
 
そんなふうにそれぞれの「力-身体部位」の対応で、各章一個は気付きが得られると思います。中でも評者が目を見張ったのは、4章「行動力は「脛(すね)」の筋肉で決まる」にある、「床反力」という概念でした。
 
床反力とは、「ただ真っ直ぐ立つだけでも、私たちは床や地面からの反発があるから立つことができて」(p124)いる、その床や地面から受ける反発力のこと。要は物理で言う作用反作用の法則によって人体が地球から受けるエネルギーのことです。厳密には「物理エネルギー」とすべきですが、地球の重力によって人体が受ける作用には物理的な応力以外の刺激が多分にあるので、「エネルギー」としました。
 
――という断りはさておき、評者が第4章を読んで思ったのは、「これ、発勁だよね」ということです。そこからつい八極拳のYoutubeを開いてしまい、しばらく馬歩に精を出したりしました(賃貸マンションで震脚は憚られますから・・・)。
 
それから読むのを再開して、「これは著者もライターさんもさほど意識しないまま使っているのでは?」と思ったのが、「腰が上がらない」「腰が重い」という慣用表現です。前者は126ページに出てきます。「よし、やろう」と思ったものの行動に移せない人について、単純に脛の動きという意味での足さばき(=フットワーク)が悪いからではないか、と指摘する箇所です。原文は下記。
 
「なかなか行動できない「行動力」のない人は、単純にこのフットワークの軽さがないだけかもしれません。‥略‥単にフットワークが悪くて腰が上がらないだけかもしれません。」
 
脛下の足さばきを抽象的な意味でのフットワークに、暗喩にしては無造作に想像界的に重ねるあたり、物書きとしてはヒヤッとしますが、しばらく後の145ページにも「行動力のない人は腰が重い人かもしれません」という表現が出てきます。ここも何の気なしに「腰」を慣用表現で出しています。著者かライターさんがもう少し気が付いていれば、単に慣用表現で「腰」を扱うことはなかったと思います。もう一段深めて書いていたはずです。
 
評者がこの二ヶ所を出色だと思うのは、無造作に使った表現が、だからこそそれを言った人から離れて、事の真実を示しているから。少なくとも評者は、言語表現は時にこういうことがあり得るのだと見せつけられる思いで、慣用句・慣用表現の底力をあらためて再認識しました。
 
床反力が発勁と結びつく人には「脛じゃない、腰だ!」というのは説明が要らないと思います。評者の古い友人で「応重力整体」という整体法を提唱している整体師が大阪にいますが、彼女なんか一発でわかるはず。最後に彼女のブログを久しぶりに読みながら、想像界的な言い回しを真似て、「理想の働き方は正しいトレーニングに伴い、正しいトレーニングは重力に応じる」と〆て終わります。
 
 
 
(ライター 筒井秀礼)
『6つの力を養い、理想の働き方を叶えるトレーニング』
著者 吉田輝幸
幻冬舎
2020年12月15日 第1刷発行
ISBN 9784344037236
価格 本体1300円
assocbutt_or_amz._V371070157_.png
 
 
(2021.2.10)
 
 
 

関連記事

最新トピックス記事

カテゴリ

バックナンバー

コラムニスト一覧

最新記事

話題の記事