「自分たちの魅力は、本人自身では分かりにくい。外国人旅行者のほうでも見たいものがいろいろあり、時代とともに変わってきたもの、変わらないもの様々である。日本人には観光地として思いもよらなかった場所で、外国人によって「発見」された日本の魅力も数多い。歴史を俯瞰することにより、訪日外国人の今後、日本の本当の魅力が見えてくる一助に必ずなるはずである。」
皆さんも、旅好きの外国人ユーチューバーが日本のあちこちに出没して地元の文物を彼らの目線で紹介したり、地元の人たちと交流したりするYouTubeのチャンネルを、1つや2つ、自分のお気に入りに登録されているのではないでしょうか。「英語の聞き取りの練習にもなるし」などと言いつつ、本当の理由は、彼らの新鮮な目からの日常の切り取りが、見ていて純粋におもしろいからだったりしませんか?
本書はまさにあの感覚を、明治から大正、昭和、平成の現代にいたるさまざまな文献資料から要素をピックアップして再現的に味わわせてくれる一冊です。違うのは日本人の側が彼らに何を期待し、何を見せてきたか、その背景にはどんな時代状況があったかまで一緒にわかる点。双方の期待と齟齬、そして「なぜそうだったのか」の歴史までうかがえるところが、まだまだYouTubeには負けないぞと思わせられます。
本書を一読して、「昔手放したあれをまだ持っていたら・・・!」と悔やむ本がありました。家庭総合研究会編・河出書房新社刊の『明治・大正家庭史年表』『昭和・平成家庭史年表』です。2冊合わせて1万円、品切れ・重版未定の貴重本。その割にAmazonには一冊1753円からで中古が出ているのは(2018年11月現在)、この手の書籍への市場主義経済の無理解を見せつけられるようで憤慨する思いですが、それはともかくとして、同書(厳密には増補改訂前の版)への吉本隆明による書評のラスト一文が、本書にも当てはまりそうです。以下引用。
「これらの項目は、どれも経済社会現象が、構造を変換しようとして内側から新旧の崩壊と交換を体験しながら、いわば「苦悶」し「停滞」している姿を、過多な項目を集中することで暗喩している。」(メタローグ刊『新・書物の解体学』p111)
本書の内容と同時代の出来事を『家庭史年表』で参照しながら読めば、もっと理解が広く、深くなるはず。そのとき引用の一文は、「本書に書かれた内容は、どれも日本の観光が、産業として生まれ育ち、内外から新旧の崩壊と交換を体験しながら、いわば「苦悶」し「停滞」しつつ続いてきた姿を、過多な項目を記述することで暗喩している」と言い換えられるでしょう。
そうやって本書の位置づけを「外国人ユーチューバーによる日本探訪チャンネル」から『明治・大正・昭和・平成観光産業史年表』に置き換えたうえで、印象的だった箇所を紹介します。いくつかありますが、「旅行案内書」の関連で統一して3つ抜き出します。
「歴史家で国立アメリカ歴史博物館館長も務めたダニエル・J・ブーアスティンは一九六二年に書いた著書で言う。「人々が何を見物するように教えられ、何を重要と考えたかを知るためには、旅行案内書を参考にすべきである。」」(第1章 妖精の住む「古き良き日本」時代 p13)
「チェンバレンも高名な日本研究家でありながら、一般知識人向けの本である旅行案内書作成に熱い情熱を傾けた。「旅行案内書の制作は、人生の最も大きな喜び」(ラフカディオ・ハーンへの手紙)とも語っている。」(同 p19)
これらの箇所から評者は植物学のフィールドワークの話を想起します。植物学の世界では、その土地の最も古い植生を知りたければ古墳内を調べるのが一番とされているそうです。裏庭のトタン扉一枚を隔てて大阪・河内地方の允恭天皇陵の隣に住んでいた評者としては、こんな身近でありふれた、興味のない人間には何物でもない場所が、その道の専門家にとっては宝の島になることがあるのだと知って感動した当時の経験を思い出しました。一般向けの旅行案内書の類も、向き合い方によっては、まるで風土記を編纂する郷土史家のような情熱で取り組むことができる対象なのです。
また、明治末頃にインバウンド誘致のための旅行案内書『An Official Guide to Eastern Asia』の制作にあたった関係者の記録からは、次のような一節も紹介されていました。
「広げると新聞紙大にもなる多色刷り全体地図も添付している。表現方法としては、山間部ならそこを立体的に表現するため「ケバ」を筆で無数に描き、線路や道路や川を表す線は一流銅板師が丹念に彫った。米粒に数十の文字を書けるような職人が、地図に記す文字を下書きしていく。‥中略‥『国鉄興隆時代』には、こんな記述が出てくる。「製図係のひとりは、“こんなむずかしい仕事はめったになく、自分など死ななかったのは不思議なぐらいで、関係者中ただひとりの犠牲者を出したに止まったのは、奇蹟であったといってよい”と述懐している。」」(第5章 「見せたい」ものと「見たい」もの p132)
犠牲者出てるやん! とツッコミを入れられるのは“働き方改革”の感覚で読むからで、鉄道院発行のこの案内書の制作は文字通り国の盛衰を背負った仕事でした。作業にあたった当人たちは夢中だったでしょう。何しろ一冊あたりの制作予算が明治末当時のお金で20万円、今の価値にすると4億円という巨大プロジェクト。現在の出版関係者からは「そんな時代もあったのか・・・」と溜息が漏れそうです。
政府は今、「観光立国」を掲げ、「2020年に訪日外国人旅行者数4000万人、同旅行消費額8兆円」を目標にしています。2017年の実績は旅行者数が2869万人、旅行消費額は4兆4162億円でしたから、著者が言う通りかなり強気の目標ですが、実は戦後の1948年以来70年間、訪日外国人旅行者数が前年を下回った年は6回しかなく、2年連続で下回ったことは一度もありません(本書p219と政府観光局資料より)。また国際民間航空機関(ICAO)のデータでは、世界の国際航空旅客数が過去30年間で前年比マイナスだったのは1991年と2001年の2回だけで、1990年以降は年平均7%のペースで増え続けているそう(本書p262より)。いかに観光産業が現代も有力株たりうるか、これから日本もフランスやアメリカ並みの観光先進国になれるかどうか。本書を参考に夢を膨らませるのもよさそうですよ。