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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

左官一筋30年の技術で 未来に和の心を伝えたい
有限会社飯村左官工業 代表取締役 飯村淳一郎

 
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インタビュアー 西岡利晃(元ボクシング世界王者)
西岡 東京都江戸川区の有限会社飯村左官工業さん。さっそく、飯村社長の歩みを教えていただけますか。
 
飯村(淳) 私は18歳で就職して、ガスメーターを交換する仕事をしていました。ただ、左官の仕事も父が創業した弊社で小学生の頃から手伝っていたんです。その中で、若い職人がすぐに辞めてしまっている社内の状況を目の当たりにしてきました。それで、「自分が左官職人の伝統を背負わなければ」と決意して、21歳で弊社に移りました。
 
西岡 お父様の技術を引き継ぐ決意をなさったと。修業は順調だったのでしょうか。
 
飯村(淳) いざ現場に入ると最初はかなり苦労しましたね。ベテランの先輩職人の方々とは技術と体力に大きな差がありましたので。修業時代は「これがプロの厳しさか」と感じながらも多くのことを学び、やがて2代目として後を継ぐことになりました。今ではこの道に入って30年以上になります。
 
西岡 大ベテランですね! 独り立ちするまでに多くの苦難を乗り越えてきたと思います。
 
飯村(淳) そうですね。左官職人は、一人前になるのに5年から10年はかかります。特に昔は、修業を始めても3年間はコテを持たせてもらえず、毎日ひたすら材料を練るだけ。技術は「見て盗め」の世界でした。しかし、そのような苦労をしてきたからこそ、自分の腕一本で稼げるようになるんです。これまでの経験をフルに活用して工事を無事終えられた瞬間に、職人としての誇りと喜びを感じますね。
 
西岡 業界一筋30年。そのお言葉は、やはり重みが違います! それでは、御社の現在の業務内容をお聞かせください。
 
飯村(淳) 左官工事は本来、珪藻土やモルタルを使って木造建築の壁や床をつくるのが仕事です。ただ、現在は木造よりもビルやマンション、公共施設などコンクリートの建物の工事を手がけることが多くなってきました。壁を塗装したりタイルを貼ったり、床の下地づくりをするのも左官職人の仕事です。また、弊社にはお城や茶室などの壁を施工するご依頼もあるんですよ。現在、このような仕事に対応できる職人は、ほとんど残っていないんです。
 
西岡 伝統的な建物にも対応できるのは、御社の職人さんたちの技術レベルが高いことの証明ですよね。壁の模様には、職人さんの個性が出るものなのでしょうか。
 
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飯村(淳) はい。コテ1本で壁を塗るのが左官の仕事。同じ模様は2つとありませんし、そこには職人の性格や技術がはっきりと表れます。ですから、職人のセンスが問われる仕事でもありますね。
 
西岡 そのセンスを遺憾なく発揮して、お客さんのニーズに応えていると。
 
飯村(淳) ええ。弊社はお客様のご要望にお応えするためには努力を惜しみません。私は数えきれないほど失敗をした経験から学び、常に高品質の仕事を提供するための研究を続けてきました。そこから培ってきたノウハウを駆使して、例えば材料の練り方や塗り方も、その日の天候に適したものに変えています。