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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール (おぐら たかよし)東京都出身。15歳の頃から音響の魅力にはまり、音楽雑誌を読みふける。商業高校卒業後、電子部品販売の会社に入社。1977年にはアメリカに渡り、仕事をしながら生の音楽と触れ合う。帰国後、1985年から運送業を開始。並行して当時市場に出回っていなかった金メッキのコネクターを制作した。1987年に音(株)を設立し、スイッチャー、アンプ、スピーカー、コネクターを独自で開発し、販売している。【ホームページ
 
 
 
研ぎ澄まされた美しい音は聴く人の心を惹きつける。幼い頃から音響の世界に興味を持ち、一途に生の音をいかに再現するかを追求してきた音(オン)株式会社の小倉寳耀代表取締役。誰よりも強い音への好奇心とこだわりで、これまでに様々な最高品質の音響機器を開発してきた。そして今回、5年の歳月をかけてようやく完成した、世界一のアンプがいよいよ公開となる。
 
 
 

少年時代からの趣味が高じて音響業界一筋に

 
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インタビュアー 杉田かおる(女優)
杉田 音響機器を独自に開発・製造している音さん。小倉社長はやはり、子どもの頃から音楽に興味があったのでしょうか?
 
小倉 はい。15歳の頃にはいろんな音楽雑誌を夢中で読んでいました。その中には必ず、オーディオ機器のメーカーや値段、つくり方などが掲載されていたので、自然に覚えていったんです。
 
杉田 へぇ~。そういえば私の子どもの頃にも、周りにオーディオマニアの人がいました。あの頃はアンプはどこのメーカーで、スピーカーはどこがいい、とこだわる人が多かった気がします。それにしても、子どもの頃にはまった趣味が、今こうして仕事になっているなんて、素晴らしいです。社会人第一歩目は、どんなお仕事を?
 
小倉 オーディオの電子部品の販売をしていました。ずっとレコーディングエンジニアを目指していたものの、商業高校出身だったので、最初は技術面のことは全くわかりませんでしたね。それでも、電子部品について深く知れば知るほどおもしろくなっていったんです。そして1984年に会社員を辞めた後は、運送業を始めました。
 
杉田 あら、運送業? 音響の世界からは遠ざかったのですか?
 
小倉 いえ、運んでいたのは音響機器でしたし、並行して音響部品も自分でつくっていました。楽しかったなぁ。
 
杉田 では、社会人になってからずっと音響関連の仕事一筋ということになりますね。
 
小倉 ええ、音楽が好き、という気持ちだけでここまできたような気がします。
 
 
 
 

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