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コラム 今、かっこいいビジネスパーソンとは vol.1 ベタな現実に右往左往しないこと 今、かっこいいビジネスパーソンとは 首都大学東京教授/社会学博士

コラム

今、“かっこいい”ビジネスパーソンとは
第1回 ベタな現実に右往左往しないこと
 


「ホームベース」を持つこと・つくること

 
 神の視線を重視する人にとって、人の世のよしなしごとは重要ではありません。現実世界における自分の姿は「仮の姿」にすぎません。会社にいようがどこにいようが、そこにいる自分は「仮の姿」。そう思えれば、周囲が自分のことを否定しようが肯定しようが、さして重要ではなくなります。ここに、先に述べたパターン認識とは別の、もう一つの知恵があります。
 
 複雑でストレスの多い社会を生きていくには、こうした「会社や組織における自分を『仮の姿』と思える装置(メカニズム)」を調達するのが賢明です。そうした装置で最も有力なものが、自分の居場所であり帰還場所になるようなホームベースです。
 昔ならそうしたホームベースを地域社会に求められました。そこに自分のホームベースがあれば、他の場所でどう遇されても、さして重要ではないと思えるようになります。
 例えば、ヤクザがなぜあれほど激しいツバぜりあいを生き延びられるのか。一つの理由は、ヤクザ社会の構成員は、一般市民よりも強力なネットワークを信頼でき、帰還場所を持つからです。
 
 「ホームベースが存在すること」は、生きていくうえで重要です。一神教の信仰者なら、ホームベースは、神との関係で築かれた自己の内面にあります。つまり、ホームベースは何でもいいのです。心の中にあるのでもいい。家族でもいい。恋人でもいい。親友でもいい。趣味のサークルでもいい。仁侠ネットワークでもいい。
 現実社会がいかに流動的であろうとも、そこでの絆だけは変わらないと信頼できること。それが信頼できれば、人は酷薄な状況に「耐える」ことができます。
 もう一歩踏み込むと、ホームベースなるものは、「戻れるところ」という以上に、「戻れる『と思える』ところ」です。「いつでもそこに戻れる」と思うことさえできれば、実際そこに戻らなくても大丈夫なのです。
 昔の人にとって、ホームベースを持つことは当たり前の知恵でした。だから「根無し草はいかん」と言ったのです。「根を持たぬ者は、翼も持てぬ」と考えられていたのです。今の若い世代からはそうした知恵が失なわれました。ホームベースをつくることの重要さをわかっている若者がどれだけいるでしょう。
 
 では、どうやってホームベースをつくればいいのか。それが一番難しい問題です。とりわけ若い世代にとっては「言うは易し、行うは難し」です。僕は、ホームベースを作れるかどうかは、結局は「決意」の問題だと思います。誰かが与えてくれるものでなく、自分から苦労して取りにいくものだと弁えていない限り、ホームベースは得られません。
 異性ないし性愛パートナーとの出会いと同じです。自分から取りにいくものだと思っていなければ、永久に「出会いの機会がない」で終わってしまいます。出会いの機会を自分で作らなければ、今は誰かが機会を与えてくれることなど、ないのです。
 
 ここにもう一つの重要な問題があります。男が女と出会ったとします。日本全国に性愛対象となる世代の女性を数えたら数百万人はいるでしょう。目の前の女は数百万人の中のたまたま一人。そんな相手を「運命の女だ」などと考えることはバカげています。合理的に考えれば、もっといい女が存在するに決まっています。
 でも、そうした態度でいる限り、人はホームベースになるような性愛対象を見つけることはできません。ソレが、ソノ相手が、ホームベースでなければならない「絶対の根拠」など、ありえないからです。
 そのことを踏まえたうえ、あえてソレを、ソノ相手を、唯一のパートナーだと決める。自分の唯一のホームベースだと決める。そうした「あえて」する決意なくしては、どんなに探索を続けても、ホームベースが見つかることは永久にありません。
 
 
 
――どんどん流動的になる社会にあって、ベタな現実にふりまわされずに「あえて」前に進む生き方を推奨する宮台氏。次の10月号では、クリント・イーストウッド作品にそのロールモデルを求めつつ、さらに語っていただく。
 
 
 
 
 
 
 

 執筆者プロフィール 

宮台真司 Shinji Miyadai

首都大学東京教授 社会学博士

  経  歴  

1959年3月3日、宮城県仙台市生まれ。私立の名門、麻布中・高校卒業後、東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。社会学博士。大学院在学中からサブカルライターとして活躍し、女子高生のブルセラや援助交際の実態を取り上げ、90年代に入るとメディアにもたびたび登場、行動する論客として脚光を浴びた。その後は国内の新聞雑誌やテレビに接触せず、インターネット動画番組「マル激トーク・オン・デマンド」や個人ブログ「ミヤダイ・ドットコム」など自らの媒体を通じて社会に発信を続ける。著書は『日本の難点』(幻冬舎新書)、『14歳からの社会学』(世界文化社)、『〈世界〉はそもそもデタラメである』(メディアファクトリー)など多数ある。

 

 

 

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