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映画は喧嘩や。ビジネスもそうやないんかい ―― 映画監督・井筒和幸が私的映画論にからめて、毎回一つのキーワードを投げかける。連載もいよいよクライマックス、第23回は不朽の名作 『ゴッドファーザー』(1972年・アメリカ) から、“生きろ”。
 
 
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『ゴッドファーザー PARTI』 1972年・アメリカ
Blu-ray発売元:パラマウント ジャパン
発売日:2010年9月16日 (発売中)
※ジャケット写真は予告なく変更となる場合が
ありますのでご了承ください
TM & Copyright (c)1972 Paramount Pictures.
Restoration Copyright
(c)2007 by Paramount Pictures Corporation.
TM, (R) & Copyright
(c)2010 by Paramount Pictures.
All Rights Reserved.
 このマフィアたちの名作を、まさか? えっ?! 知らない? 知らなかった? 見たことがない? うわー、絶望的な人生送ってきたんだ、そうか、それはどうしようもない人生の過ち、大失敗だわ。今からでも遅くないから、いや、もう遅いか、どうでもいいからそのへんの映画など今日から全部見るの止めて、もう他の何も一生見ないでいいから、仕事辞めて、すぐにレンタルショップに走って行ってください。ジブリが作ったゼロ戦設計者の紙芝居に 「アナタ、生きて」 とか優しく言われて、忠犬ハチ公のように 「はいはい」 と頷いているより、そんな殺人兵器の製造に関わった人間たちの物語に、無駄な時間を浪費するくらいなら、このアメリカ製の殺し屋たちの映画を薦めます。
 これを見ておけば世の中、怖いモノなし。いやが応にも、生きる欲が出ること間違いなしです。誰も好き好んでこんな恐ろしい “青春” を送るヤツはいないけれど、それが、イタリアのシシリー島の田舎からたった一人で命からがらアメリカに渡って来て、生き凌ぐため、金儲けのためなら、人殺しだろうが何だろうが何でもしながら生きてきた我が親父の背中を見て育った子供なら、もう生き抜くしか他にない。そんな、家族まるごとを描いた映画だからです。家族の絆がどうしたこうした? そんなことばかり叫んでる映画も、もう見る必要なし。これに勝る絆はないです。
 
 親父が一代で築いたマフィアの組織。もちろん、賭博的なことや脅迫恐喝的なこと、高利貸し的なこと、不動産の買い占め的なことや労働争議の処理的なこと、無理な頼まれごと (時には人殺し) 的なこと、などなど。何でもかんでも合法だろうが非合法だろうが請け負って一家を成し、血的で暴力的な金儲けをしてきたこのファミリーが (とはいっても、そのへんの大企業か商社とそんなに変わらないけれど)、何より信用し合っていることは、仲間との友情だということ。友情のためなら、何でもします。家族なんか後回しです。イタリア街で育った旧知の葬儀屋のオヤジが 「うちの可愛い娘が白人男三人に乱暴されてメチャメチャにされたので、どうか、そいつらを裁いてください、殺してください」 と懇願しに来ると、すぐに引き受けます。イタリアンどうしが助けるのは当たり前です。同胞互助精神は世界中の常識です。贔屓にしているハリウッドのアイドル歌手が、ファミリーの長女の結婚式の日に駆けつけて、披露宴の皆に美声をお届けしてお祝いした後、執務室にいる親父 (ドン) の前で、「ゴッドファーザー、実はハリウッドのクソ映画プロデューサーがオレに役を渡さないんです、何とかよろしくお願いします」 と泣き言を言うと、さっそくに、ファミリーの顧問弁護士を西海岸の撮影所へ派遣して面談させます。仕事はなるべく早く片付けたほうがいいという教訓メッセージが、世界中の映画館に伝わりました。偉そうなプロデューサーが顧問弁護士に 「テメエらイタリアンがなんぼのもんじゃ、オレはそのへんのバンドリーダーと違うんやぞ!」 と罵ると、弁護士は 「わかりました」 と告げてから、そのプロデューサーの邸宅で買われている何億円もする競馬用の種馬の首を切り取って、眼を剥いた血まみれの頭部を、プロデューサーの寝ているベットの足元に転がして帰ります。プロデューサーは発狂寸前でハリウッド中に聞こえるぐらい叫びました。偉そうな映画人も、持ち馬の首を放り込まれたら終わりです。普通なら、切られた首を、警察に届けたらいいかもですが、今度、言うことを聞かなかったら、お前の首が胴体から離れるぞという見事な警告です。それで歌手は主役の仕事がOKになりました。映画界で仕事を貰うには、馬の首が一番効くんだという、ビジネス上の威し方の極意を教えてくれます。猫や犬の首ぐらいでは仕事は決まらないけれど、殺人の大罪を犯さなくて済む最良の方法を、世界中が納得し、頷いたはずです。
 
 
 この映画は、仲間との友情と約束 (契り) がいかに大切なことか、人が修羅場に立たされた時、誰が助けてくれるのか、自分はどんな最良の選択をしなければならないのか、それらを教えてくれます。
 そして、世界中の映画人が、この一大傑作、目の醒めるほど素晴らしい叙事詩を見て育ったのでした。この伝説を伝えたくて、小生も生きてきました。そして、世界に、この映画を知らない映画人は多分いません。(もし、そんな珍しい人間がいたら、そいつはただの “映画ゴロ” か “もぐり” のはずです。)
 
 
 

 執筆者プロフィール  

井筒和幸 (Kazuyuki Izutsu)

映画監督

 経 歴  

1952年、奈良県生まれ。高校在学中から映画制作を始め、1975年、高校時代の仲間とピンク映画で監督デビュー。1981年『ガキ帝国』で日本映画監督協会新人奨励賞。以降、『晴れ、ときどき殺人』(84年)、『二代目はクリスチャン』(85年)、『犬死にせしもの』(86年)『岸和田少年愚連隊』(96年)など、社会派エンターテインメント作品を発表。『パッチギ!』(04年)では05年度ブルーリボン最優秀作品賞をはじめ、多数の映画賞を総なめに。舌鋒鋭い「井筒とマツコの禁断のラジオ」(文化放送)など、コメンテーターとしても活躍。『黄金を抱いて翔べ』のDVDが絶賛レンタル中。

 
 
 
 
 

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