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抑制の利いた、どこにも煽情的要素がない文章で、空恐ろしい事実とその背景への分析が、つづられていく本。読みながら何度も「マジか!?」「どうすんのよ、それ!」と独り言が漏れました。帯には「持ち主がわからない土地が九州の面積を超えている――。」とあります。これは所有者不明の土地面積の広さをわかりやすく伝えるための客観的事実の描写ですが、ではそれがどういう意味を持つのか、どんな問題があるのかについては、以下に示すページ119の一節がなんとも象徴的だと感じました。
 
「所有主体の区分(国有地、都道府県有地、市町村有地、民有地など)も、国土面積の約3割ではっきりしていない。‥略‥都道府県別では、行政面積のうち東京都では34.4%、大阪府は44.7%、京都府に至っては62.5%が「その他」(筆者注:所属不明面積)に区分されている。」
 
人が住んで栄えた歴史が古い順に「ここは誰の土地か」がわからなくなる傾向とその理由、また、日本の土地制度が欧米諸国や韓国・台湾と比べあまりに未整備なまま放置されている現状とその理由が、本書を読んで「管理・所有・情報把握の放棄」という三重の放棄の構造を知れば、よくわかります。
 
府の面積の6割の土地が公共のものなのか私有地なのかわからない。私有地だとして誰のものかわからない。「誰」を特定できても住所も連絡先もわからない。そもそも生きているかどうか、相続人がいるかどうかもわからない(しかも、それでも土地売買は成り立ってきた!)。内陸部だからまだしも問題が矮小化されていますが、これがもし尖閣や竹島などの島しょ部だったらどうなることか。そう考えた時、本書の隠れたメインテーマである“国土”の問題が出てきます。
 
つまり、本書はあくまで行政の文脈から土地保全の問題を論じた本ですが、見方によっては領土問題を論じた本でもある。実際に、著者が土地問題に注目したきっかけは、冒頭「はしがき」に書かれている通り、外資による北海道の森林の買い占めでした。また、96、97ページにある各都道府県の地籍調査進捗率のグラフで沖縄県が99%になっているのを見れば、太平洋戦争で本国に上陸して侵された唯一の地が沖縄県だったことを思い出さざるを得ません(京都の進捗率は8%)。
 
話が右寄りになりつつあるのを自覚しつつ、問わないではいられないのは、私たちは固有の領土である“国土”のことをどう考えているのでしょうか。本書では「所有者不明化」を拡大させる元凶のうち最大のものとして相続未登記の問題が繰り返し言及されます。もし、尖閣や竹島についてテレビでコメントする識者や活動家の方々が、東京のスタジオでは「領土とは」みたいなことを語るくせに家に帰れば親から相続した山林を出身の地方の山奥に未登記なまま残している、なんてことがあれば、シャレにもなりません。
 
領土問題は外の輪郭線上でのみ起きるわけではないことは、実感はわからないとしても最低限知識としては、私たちも沖縄の米軍基地を見て知っているはず。ケイマン諸島あたりにペーパーカンパニーを持つ華僑に北海道の森林の買収を許している現状は内部から国の領土を侵されているのと同じです。沖縄と違ってブルドーザーで家田畑もろとも奪われたのではない――倫理的にも法的にも否を問えない――うえに、転売されれば一巻の終わりになる――海外まで調査権が及ばない――ことを考えれば、長期的にはこちらのほうがタチが悪いかもしれない。早急に土地制度の整備を進めるべきであることは、読み方如何に関わらず、本書の普遍的結論になるはずです。
 
第4章にはそれに向けたせめてもの策が書かれています。相続登記の在り方の見直し、費用負担の軽減を含む手続きの簡素化、情報基盤の再整備、諸外国の制度に学ぶ工夫など。いずれも一足飛びの解決を期待できる策ではないことに問題の根深さを感じる中で、「土地」というものについて学校教育の場で教える可能性に言及していたのが印象的でした。第3章後半には「土地」が究極的には誰のものであるかについて、イギリスと台湾の例が示されています。イギリスでは全国土が国王のもの、そして台湾では、憲法第143条で土地は国民全体に属するとされているそうです。「党のもの」とするどこかの国とはえらい違いだと思いつつ、果たして日本は、現代の感性で、誰のものにできるのか。そこから見つめ直す必要があるでしょう。いずれにせよ心底お勧めの一冊。「ミトウキ、ダメ、ゼッタイ」ですよ。
 
(ライター 筒井秀礼)
『人口減少時代の土地問題「所有者不明化」と相続、空き家、制度のゆくえ』
著者 吉原祥子
中央公論新社
2017/7/25 発行
ISBN 9784121024466
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価格 本体760円
 
 
(2017.8.9)
 
 
 
 

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