オムニチャンネルでなにが変わる?
~狙うは会社と消費行動の変革~
◆敵は社内にあり! オムニ化を阻む人たち
オムニ化を目指すかけ声はあちこちから聞こえてくるが、国内ではまだマルチの域を出ないシステムが大半で、実際にオムニ化に成功した事例はほとんど見当たらない。
シングルチャンネルからマルチチャンネルへの移行では、一般的に実店舗主体の企業がECサイトを立ち上げるケースが多い。ハードの拡充が進化の鍵になるため、求められるのは新しい店をつくるのと同じく資金とマンパワーの手当だ。
これに対してマルチチャンネルからオムニチャンネルへの移行においては、在庫情報の一元化やバックヤードの組織改編といったハードあるいはシステム面の整備に加え、社員の意識を抜本的に改革する必要がある。ただハード面を整えただけでは、実店舗とECが同一企業内で競争することになるためだ。
実店舗の店員は自分の売上成績を上げたいと願っており、自社のEC店に顧客の要望に合う商品があったとしても紹介する動機がない。EC側も同じく、実店舗への顧客の流し込みに注力して売上増加に貢献しても評価されないなら、あえてリンクしようとは考えない。こういった利益背反や社員の意識構造を解消しなければ、シームレスなサービスは実現できない。オムニを目指していながらマルチにとどまる企業が多いのはそのためだ。
◆トップダウンで社内組織の「シームレス化」を
真のオムニ化を阻害する要因が社内の組織そのものにある以上、これをクリアすることは簡単ではない。だが社内のシームレス化なくして、シームレスなサービス提供は不可能だ。社員がセクト主義を排して意識を共有できるよう組織を改編し、評価システムを抜本的に改革する必要がある。
具体的にはEC店の売り上げ増に貢献した実店舗の店員を評価する(逆もしかり)など、現状にはないオムニ用の評価システムを構築するのだ。ITリテラシーの標準化も不可欠だ。経営陣のITリテラシーが統一されれば正確な経営判断がしやすくなるし、現場が統一されれば実店舗でECサイトの使い方を訊ねるなど消費者にとって真に使いやすいオムニ化に近づくことができる。
こうして並べてみるとわかる通り、オムニ化は単なる販売方法の変化ではない。会社全体の意識と教育レベルを高める改革を要するため、一般に想定されているより大きな時間とコストを要する。
それでも成し遂げるためには、「オムニ化するのは自社と消費者のため」「顧客の利便性を向上させることで売り上げにつなげる」といった共通理解を醸成することが重要である。組織を横断する抜本的な改革だけに、強力なリーダーシップによるトップダウンが欠かせない。
◆狙うは新しい消費行動の開発
大きな労力とコストを要するオムニ化だが、そのメリットは未知のうま味に富んでおり、アイデア次第で新しい可能性が広がる。
例えばセブン&アイホールディングスとファーストリテイリングが提携すれば、全国に1万7000店舗あるセブンイレブンの店先で、手渡し前提の宅配便などと違い営業時間内のいつでも商品を受け取れるというメリットが生まれるのではと考えられている。受け取りに行く手間はあるものの、消費者は送料の負担なくネットショッピングを楽しめるようになるだろう。これも嬉しい点だ。
また、私鉄やJRの駅を利用すれば、同じことができるのではなかろうか。JRは全国約4600、私鉄には約5000もの駅がある。ネットで購入したものを駅で受け取れるよう提携を結べば、宅配の手間を省くことで配達コストを大幅に削減することが可能だ。通勤の行き帰りに利用する人にとっては非常に便利だし、過疎地などでは「コンビニはないが駅はある」というケースも少なくない。
生活協同組合のような集団配達をさらに進化させ、ECショップへの集団注文・集団配達を企画するというのもありだろう。地方に暮らす高齢者などIT利用が難しい人を公民館や集会所に集めて、定期的に「集団購入」の場を設けるのだ。ITリテラシーのあるボランティアなどが端末を操作することで、仲良しが集まって都会の百貨店を訪れるような買い物の楽しみを創出できる。
オムニ化はECを手がける小売業にとって必然の進化である。実効性のある真のオムニチャンネルを構築する過程で、新しい時代に即した小売企業に進化することができるはずだ。加えて消費者に新しいアプローチをかけることにより消費行動を促せば、シェアを奪い合うのではなくもともとのパイを大きくするという、小売業全体にとってバラ色の未来を描くことも可能だ。
(ライター 谷垣吉彦)