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ちょうどこの原稿を書く予定にしていた日の朝、狙いすましたように、杉並区役所から税の通知が来ました。いまいましさついでに封筒の但し書きを記しておくと、「特別区民税・都民税 税額決定/納税 通知書在中」です。裏面の糊付けされた蓋の部分にはこうあります――「支えあい共につくる 安全で活力あるみどりの住宅都市 杉並」。まっとうすぎてぐうの音も出ません。ワカリマシタ。期日マデニ納税イタシマスヨ。
 
この本は今年4月に国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)が公表した、オフショア金融センター(外国人や外国企業など非居住者向けの金融センター)を利用する企業や人の取引情報「パナマ文書」について、その影響と意義を経済評論家の渡邉哲也氏が解説する本です。日本の企業や個人でも警備会社セコムの創業者やUCC上島珈琲グループのCEO、伊藤忠商事、丸紅、ソフトバンクなどの名前が上がり、すわ脱税摘発か! という空気になりましたが、6月中旬現在で国税当局は動きを見せていません。いっぽうでメディアでは「脱税じゃないのに何が悪い!」の居直り派と「違法ではないが適切ではない」の穏健派で議論が続いています。
 
しかし、本書を読むと、問題は税うんぬんに収まらないようです。そのことを端的に示すのが57ページにある一文です――「現在、テロとの戦いと金融規制、さらにマネーロンダリング対策は、一本化されている」。
 
パナマ文書は租税回避を暴くのに役立つだけのものではありません。それよりも、第一義的には、匿名で取り引きされる反社会的勢力や組織のお金の流れを突き止め、マネーロンダリングをできなくさせるためのものです。
 
つい先日三重県でG7伊勢志摩サミットが開催されたばかりですが、27年前、1989年にフランスで開かれたG7アルシュ・サミットにより、金融活動作業部会(FATF)という各国政府間機関が設立されました。FATFが裁定した「40の勧告」により、加盟国の金融機関は、顧客への本人確認、疑わしい取り引きの金融規制当局への報告が義務付けられたのです。2001年にアメリカで9.11テロが起きてからは、FATFは国際テロ組織の資金源を断つ役目も負うようになり、引用した一文の状況になっているという経緯があります。
 
本書に書かれたこれらの内容を読みながら、思い出すことがありました。アメリカ国家安全保障局による過度な諜報活動を内部告発して、今も亡命生活を続けるエドワード・スノーデン氏が語った、彼が告発に踏み切ったきっかけです。彼は「国家が諜報活動のため情報収集を行うこと自体は否定しない。しかし安全保障局はメタデータに手を出した。民主主義において、これは一線を越える行為だ」という主旨のことを言っていました。今回のパナマ文書で明らかになるものこそ、このメタデータです。「誰が・誰に・いつ・どこで・何を」がわかる。それを膨大に重ねることで、匿名ないし偽名で行われた取り引きの実質的主体と内実が見えてくる。つまり、セコム創業者や楽天のトップのように知っている名前を知っている通りに見つけてもらうのが文書の告発意義ではないというわけです。
 
最後に、「反社会的」からの連想で、皆さんもまだ耳に残っているだろう最近のフレーズから一言。上にもどって、2つめの段落の最後の文章をもう一度読んでください。これ、語を入れ替えれば、直近の都知事問題で第三者の弁護士が繰り返していた言い回しとそっくりじゃありません? 「適切ではないが違法ではない」。
 
しかし、言っておきますが、仮に脱税にあたらなくても、租税回避は反社会的行為ではないでしょうか。そこにある反社会性は、かつて吉本隆明が「国家とか管理機構なんてものは仕方なく巻き込まれてるぐらいが本来の理想」という主旨で語った、思想的な反社会性とは似て非なるものです。本書70ページに図で示されたGoogleの租税回避スキームなんて、えげつなくて見られたもんじゃない。著者が語る通り、グローバリズムとグローバリストの社会インフラただ乗りは決して許されるものではないと、区役所の税額通知書を握りしめながら思いました。
 
(ライター 筒井秀礼)
 
『パナマ文書 「タックスヘイブン狩り」の衝撃が世界と日本を襲う』
著者 渡邉哲也
株式会社徳間書店
2016/5/31 初版第一刷発行
ISBN 9784198641863
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価格 本体1000円
(2016.6.22)
 
 
 
 

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