これはおもしろい! この本は、「技術に基づく触感のデザイン(TECHnology based tacTILE design)」略してテクタイル(TECHTILE)というユニットで活動する4人組による、「触れる」という行為を捉えなおすための一冊です。
テクノロジーの進化にともない、近年、身体性認知科学という分野が目覚ましく発展し、人間の五感のうち「触覚」がフォーカスされてきたそう。これについて、ある読者は「人類に残されたフロンティア」とアマゾンのレビュー欄に書いていますが、気付いてみれば現代は、いつのまにか「視覚」偏重の時代です。頑張ってもせいぜい「視聴覚」偏重。そんな時代に、人間にとって最も初源的な感覚行為である「触る」「触れる」についてもう一度意識してみようというその提案が、まず素敵です。
そして著者のプロフィールを見れば、一番年長の仲谷正史氏でも1979年生まれ。全員が30代半ばから後半という若さです。各自が主に大学院での情報理工学系の研究をもとに内外のラボやメディアプロジェクトで知見を蓄積し、テクタイルとしての企画展は2007年の「TECHTILE♯1 触覚の工学×触覚のデザイン展」が最初だったよう。2007年といえばiPhoneが発売された年ですが、考えてみれば、いつのまにか当たり前になったパソコンのグラフィカルユーザーインターフェイスも、80年代のMacから始まりました。実は、ディスプレイ上でマウスを操作するのは、「触る」という行為を視覚的に制御する様式の一つです。ひとめぐりして、現在は「パネルに指で触れて操作する」タッチインターフェイスが主流の時代。歴史は必然的に、「触る」に向けて進んでいたのかもしれません。
では、中身を章立てで見てみましょう。初めに「触楽への招待状」。ページ11で、著者たちはタイトルについて、「触」れることをもっと「楽」しむ風土を醸成したいという願いを込めたと書いています。それから順に、「1 触れるってどういうこと?」「2 私たちは外の世界をどのように知る?-科学からみた触覚」「3 なにかを感じているとき、いったいなにが起きている?-共通感覚としての触感」「4 触感は世界と「わたし」をつなげている」「5 実在感をつくり出す-テクタイル・ツールキットの発明」ときて、終章「触楽の未来」へと続きます。巻末附録には触感史上の出来事と出版物を総覧した「触感年表」があり、一番古い出来事はなんと、紀元前40億年の「細胞が生まれる(触覚が生まれる)」です。なぜそうなるかは本文を読んでのお楽しみ。第3章の「共通感覚」も、第5章の「実在感」も、細胞即触覚、触覚即細胞という結びつきの秘密がわかった後には、頭と心と体の中で、ワクワクする概念になって踊り出します。
最後に、何十個となく出てくる「触感を意識化する問いや実践」、あるいは「触感で五感をつなぐ体験」の例から、ほんの一部をご紹介。
まず第1章4節の問い、「ごわごわした軍手をつけてモノに触ると触感がにぶくなってしまうような気がしませんか」。これ、実は、目で見ても認識できないような表面の凹凸は、軍手をしたほうがわかりやすくなるんだそう。この現象は「触感コンタクトレンズ」という道具に実用化されています。
また、第2章5節では「ベルベットハンド・イリュージョン」が紹介されます。テニスのラケットのガット部分を両手で挟んでなぞるとベルベットみたいなヌルヌルした感触がするというこの現象は、触感の研究者がこよなく愛するものだそう。さらに6節では、本書のカバーの裏表紙にある不思議なピンクのボーダー模様の味わい方が紹介されます。書かれた通り触ってみると、確かに! 皆さんもやってみてください。
そして5章と6章は、「振動」を手がかりにして感覚を補完あるいは拡張する試みが、ラストに向けたたみかけるようなグルーブ感で続きます。視覚障碍者の生活支援を目的に開発された電気触覚ディスプレイ「オーデコ」や、聴覚障碍者のための触覚デバイス「ONTENNA」が紹介されるくだりは、読んでいて泣きそうになりますよ。
個人的には、この本を読んで触感を意識させられたことで、子どもの頃飼っていた鶏の、手に抱いた温もりと感触を急に思い出しました。死んだペットや懐かしい人を思い出す際に、視聴覚偏重時代の私たちは、習慣的に姿や声で思い出しているはず。でも、触感は、何倍もリアルですね。やられました。
テクノロジーの進化にともない、近年、身体性認知科学という分野が目覚ましく発展し、人間の五感のうち「触覚」がフォーカスされてきたそう。これについて、ある読者は「人類に残されたフロンティア」とアマゾンのレビュー欄に書いていますが、気付いてみれば現代は、いつのまにか「視覚」偏重の時代です。頑張ってもせいぜい「視聴覚」偏重。そんな時代に、人間にとって最も初源的な感覚行為である「触る」「触れる」についてもう一度意識してみようというその提案が、まず素敵です。
そして著者のプロフィールを見れば、一番年長の仲谷正史氏でも1979年生まれ。全員が30代半ばから後半という若さです。各自が主に大学院での情報理工学系の研究をもとに内外のラボやメディアプロジェクトで知見を蓄積し、テクタイルとしての企画展は2007年の「TECHTILE♯1 触覚の工学×触覚のデザイン展」が最初だったよう。2007年といえばiPhoneが発売された年ですが、考えてみれば、いつのまにか当たり前になったパソコンのグラフィカルユーザーインターフェイスも、80年代のMacから始まりました。実は、ディスプレイ上でマウスを操作するのは、「触る」という行為を視覚的に制御する様式の一つです。ひとめぐりして、現在は「パネルに指で触れて操作する」タッチインターフェイスが主流の時代。歴史は必然的に、「触る」に向けて進んでいたのかもしれません。
では、中身を章立てで見てみましょう。初めに「触楽への招待状」。ページ11で、著者たちはタイトルについて、「触」れることをもっと「楽」しむ風土を醸成したいという願いを込めたと書いています。それから順に、「1 触れるってどういうこと?」「2 私たちは外の世界をどのように知る?-科学からみた触覚」「3 なにかを感じているとき、いったいなにが起きている?-共通感覚としての触感」「4 触感は世界と「わたし」をつなげている」「5 実在感をつくり出す-テクタイル・ツールキットの発明」ときて、終章「触楽の未来」へと続きます。巻末附録には触感史上の出来事と出版物を総覧した「触感年表」があり、一番古い出来事はなんと、紀元前40億年の「細胞が生まれる(触覚が生まれる)」です。なぜそうなるかは本文を読んでのお楽しみ。第3章の「共通感覚」も、第5章の「実在感」も、細胞即触覚、触覚即細胞という結びつきの秘密がわかった後には、頭と心と体の中で、ワクワクする概念になって踊り出します。
最後に、何十個となく出てくる「触感を意識化する問いや実践」、あるいは「触感で五感をつなぐ体験」の例から、ほんの一部をご紹介。
まず第1章4節の問い、「ごわごわした軍手をつけてモノに触ると触感がにぶくなってしまうような気がしませんか」。これ、実は、目で見ても認識できないような表面の凹凸は、軍手をしたほうがわかりやすくなるんだそう。この現象は「触感コンタクトレンズ」という道具に実用化されています。
また、第2章5節では「ベルベットハンド・イリュージョン」が紹介されます。テニスのラケットのガット部分を両手で挟んでなぞるとベルベットみたいなヌルヌルした感触がするというこの現象は、触感の研究者がこよなく愛するものだそう。さらに6節では、本書のカバーの裏表紙にある不思議なピンクのボーダー模様の味わい方が紹介されます。書かれた通り触ってみると、確かに! 皆さんもやってみてください。
そして5章と6章は、「振動」を手がかりにして感覚を補完あるいは拡張する試みが、ラストに向けたたみかけるようなグルーブ感で続きます。視覚障碍者の生活支援を目的に開発された電気触覚ディスプレイ「オーデコ」や、聴覚障碍者のための触覚デバイス「ONTENNA」が紹介されるくだりは、読んでいて泣きそうになりますよ。
個人的には、この本を読んで触感を意識させられたことで、子どもの頃飼っていた鶏の、手に抱いた温もりと感触を急に思い出しました。死んだペットや懐かしい人を思い出す際に、視聴覚偏重時代の私たちは、習慣的に姿や声で思い出しているはず。でも、触感は、何倍もリアルですね。やられました。
(ライター 筒井秀礼)
『触楽入門 はじめて世界に触れるときのように』
著者 テクタイル(仲谷正史、筧康明、三原聡一郎、南澤孝太)
株式会社朝日出版社
2016/1/20 初版第一刷発行
ISBN 9784255009056
特設サイト http://www.asahipress.com/extra/shokuraku/
著者 テクタイル(仲谷正史、筧康明、三原聡一郎、南澤孝太)
株式会社朝日出版社
2016/1/20 初版第一刷発行
ISBN 9784255009056
特設サイト http://www.asahipress.com/extra/shokuraku/
(2016.4.20)