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日本の富裕層が“見える化”される

 
確定申告のシーズンたけなわである。確定申告の対象者はフリーランスと個人事業者というイメージだが、会社員でも年間2000万円を超える所得がある人は、その内訳(給与、事業、不動産、譲渡などの所得)を「財産及び債務の明細書」に記入して確定申告書に添付しなければならなかった。ただ、罰則規定がないので、財産が筒抜けになることを嫌って全員が提出していたわけではなかった。
 
ところが昨2015年6月の税制改正で、今年の申告からこの対象者にさらにふるいがかけられることになった。年間所得2000万円を超えることに加えて、「総資産が時価3億円以上」「保有する有価証券の金額が1億円以上」のいずれかの要件を満たす場合に内訳を示す「財産債務調書」の提出が義務付けられたのだ。
 
これまで、所得は確定申告や支払い調書などで把握するものだったが、従来のやり方では、国民の資産や負債の実態を明らかにすることが難しかったからだと思われる。国税庁の本気度はかなりのもののようで、対象者には例えば下記のことが求められている。
 
・不動産(土地、建物)は時価評価額を記入する
・預貯金は残高証明を銀行から取り寄せて確認・記入する
・有価証券は残高証明か取引明細を取り寄せて確認・記入する
・中小企業のオーナーは自社株の評価を行う
・自動車、貴金属、骨とう品なども時価で記入する
 
しかも、不提出だと過小申告加算税5%のペナルティが課される。さらに、内容について税務調査も可能になった。全ての財産をもれなく正しい金額で申告せよ・・・とはつまり、富裕層の全国一斉調査である。これは、戦後長らく“総中流国家”を目指してきた日本の中にもはっきりと富裕層がいること、さらに「ハイパー富裕層」と呼べる階層が育っていることを“見える化”する初の試みと言っていい。彼らは今、戦々恐々の思いで提出期限の3月15日を迎えようとしているに違いない。
 
 

資産10億円以上の資産家は3万人

 
ただ、その“見える化”の試みも今回はまだ不発に終わりそうだ。年間所得が3000万円、5000万円あっても資産や有価証券を持たない人は対象外だ。引退して所得のない高齢者はどれほど資産家であっても報告不要。代々の土地持ちで、資産の額は莫大でも年収は普通のサラリーマンと変わらないという御曹司も同様だ。こんなことで日本の富裕層の実態が浮き彫りになり、税金の徴収がうまくいくというのだろうか。
 
もちろん、これまでも実態を“見える化”する数字はいくつか発表されていた。野村総合研究所(NRI)の調査によると、純金融資産が1億円以上5億円未満の富裕層、5億円以上の「超富裕層」は合わせて約100万世帯だった(2013年)。内訳は富裕層が95.3万世帯、超富裕層が5.4万世帯だ。あるいは『図解・富裕層ビジネス最前線』(中経出版)によれば、日本には10億円以上の資産を有する層は3万人いて、職業別の内訳は、経営者1万6900人、医者、歯科医8000人、優良企業役員1650人、著名人1590人・・・だ。
 
世界の経済誌『フォーブス』が資産10億ドル以上の超ハイパー富裕層(ビリオネア)を発表しているが(世界で1800人)、1位はマイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏の792億ドル。日本人は24人いて、1位はファーストリテーリング社長の柳井正氏の202億ドル(約2兆4000億円)、2位がソフトバンクの孫正義氏で141億ドル、3位は楽天会長・社長の三木谷浩史氏で87億ドルだという。
 
 

アメリカでも日本でも「格差の壁」が固定化

 
フランスの経済学者トマ・ピケティは一昨年末から話題になった『21世紀の資本』の中で、資本主義は必然的に格差を生みだすと言い、富を持つ人と持たない人の格差が拡大していることを明らかにした。その分析によれば、いつの時代でも資産の収益率が所得の伸びを上回っており、資産を持つ人はそれを運用することでさらに富を増やすことができるという。
 
その典型はアメリカである。かつては運と実力で誰もが大金持ちになれる「アメリカンドリーム」があったが、今は、上に上がりたくても上がれないほどの開きができてしまった。カネは金持ちにしか手に入らない。親が貧乏だと子どもも一生貧乏。自由と平等の国アメリカに「階級」ができ、格差が世代を超えて固定化しつつある。何と、上位1%の富裕層が国民の富全体の40%を保有している。
 
日本でも今、学費を払えないから大学に行けないという若者が増えている。奨学金がもらえても、卒業後は奨学ローンに追われるので結婚もままならないという。いっぽうで、年収が1000万円ある世帯が日本の全世帯のうち22.6%であるのに対し、東大生の家庭は実に57%が年収1000万円を超えている。東大生の多くが親も東大出身で高収入。そういう家庭に生まれなかったら逆転もできないという社会になっている。日本でも格差が固定化しつつあるのだ。
 
米大統領選挙で、民主党のサンダース上院議員は「カネは金持ちから取ればいい」と言い、公立大授業料の無償化、大手金融機関への増税など格差是正を前面に出して若者の支持を獲得している。ピケティも、格差をなくすマクロ的な解決策の1つは、国による富裕層への課税の強化であると述べている。
 
 

富と税をめぐる問いかけ

 
実は、財産債務調書をつくることは、相続税の申告書をつくる作業と同じことであると税の専門家が述べている。当局としては、資産家の数や保有資産の内訳をつかむことで事前に相続税の徴収額を算出し、徴収漏れ防止に役立てる狙いが当然あるだろう。
 
富裕層が“見える化”されることの意味とは何か? そもそも社会にとって「富」とは、「税」とは何なのか? 今回の調書をめぐって起きる様々な現象をもとに、持つ人も持たざる人も、社会の成員としての意識でこの問いを考えてみてもいいかもしれない。
 
 
 
(ライター 古俣慎吾)

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