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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

快適な冷暖房システムの 普及を目指す建築会社
有限会社建築ランド 取締役 大内さえ子

 
プロフィール 大阪府出身。学業修了後、メンズカジュアルのアパレル会社から社会人生活をスタート。企画・販促・売り場のレイアウトなどさまざまな仕事を経験する。10年後、妹と共に兼ねてからの夢であった飲食業に転身。2年半後、諸事情により閉店を決意し、33歳で建築会社に就職した。その後、10年以上の経験を積み、1994年46歳のときに独立して(有)建築ランドを設立した。【ホームページ
 
 
 
医療施設や介護施設、ビル、マンション、住宅と幅広い建築物の施工を手がける大阪市内の有限会社建築ランド。取締役の大内さえ子氏が特に力を注いでいるのは輻射式冷暖房システム、F-CON(エフコン)の普及だ。表面をセラミック加工したパネルとセラミックを混入した仕上材で壁や天井を施工することで、遠赤外線による自然の熱移動が起きる、輻射による快適な冷暖房システムだという。その快適さや事業内容について、お話をうかがった。
 
 
 

アパレル会社を経て飲食店の経営者に

 
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インタビュアー 八木裕(野球解説者)
八木 大阪市天王寺区に拠点を置く有限会社建築ランドさんにお邪魔しています。さっそく大内取締役のご経歴を教えていただけますか。
 
大内 私はもともと建築関係の仕事をしていたわけでなく、最初に勤めたのはメンズカジュアルのアパレル会社だったんです。
 
八木 スタイルもよくオシャレだなぁと思っていたら、そういうことでしたか。では、どのような道をたどって建築の世界へ進んだのでしょう。
 
大内 そのアパレル会社では企画・販促・売り場のレイアウトなどさまざまな仕事を経験しました。ただ、私がどうしても一度やりたかった仕事は、飲食店の経営だったんです。それで10年後に退社し、妹と姪の3人でイタリアンジェラートとピザのお店を出すことにしました。
 
八木 これは意外な転身ですね。店を出すのもひと苦労だったのでは?
 
大内 はい、イタリアの家庭で親しまれている本場のピザのつくり方を習うため東京で修業を始めたんです。妹も、当時はまだ珍しかったイタリアンジェラートのレシピを頑張って覚えました。そうやってノウハウを培ってオープンしたおかげで、小さいけれどモダンな私たちの店は、知る人ぞ知る人気店になったのですが、諸般の事情がかさなり閉店せざるを得なくなりました。
 
 
 
 

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