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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール 中村喜吉治(なかむら きよはる)大阪府出身。高校生の頃にバイクで大事故に遭い、生死の境をさまよった。なんとか一命を取り留めた後、奇跡的な快復を遂げてボクシング等様々なスポーツに挑戦。29歳でボクシング競技から離れ、100円均一業界の仕事に専念した。経験を積んだ後2016年8月に(株)ミツキを設立。タイトル保持ボクサーを輩出する、堺東ミツキボクシングジムでトレーナーも務めている。【ホームページ
 
 
 
全国の100円均一ショップに、女性用小物や雑貨を卸売している株式会社ミツキ。現在の基盤を築くまでに、海外へわたり山賊が出没する地域にも足を運ぶなど、代表取締役の中村喜吉治氏が歩んできた道のりは波乱に富んでいる。現在は、女子ボクシングの世界王者を排出しているジムトレーナーとしても手腕を発揮する中村社長。会社や業界への思いを、ボクシング元世界王者の畑山隆則氏が聞いた。
 
 
 

絶望の淵から這い上がった「何苦楚魂」

 
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インタビュアー 畑山隆則(元ボクシング世界王者)
畑山 全国の100円均一ショップに女性用小物や雑貨を卸売しているミツキさん。聞くところでは、中村社長は波乱万丈な人生を歩んでこられたそうですね。
 
中村 一番は高校生の頃のバイク事故ですね。トラックと衝突し、足が切断しかかるほどの重体になったんです。一命は取り留めたものの、元の生活には戻れないと人生に絶望しました。
 
畑山 それは大変な思いをされましたね。そこから復活することができたのは、何が理由だったのでしょう。
 
中村 1つは周囲の方の支えです。仕事を辞めてまで看病に徹してくれた母、そして少年野球をしていた頃の監督の励ましも大きかったですね。長い入院生活を経ても足が元に戻らなかったのですが、事故から3年を過ぎた頃、体を動かしたく草野球チームを立ち上げましてね。足が思うように動かないので球拾いとして参加していると、その運動が良いリハビリになったのか、そのうち走れるようにもなったんですよ。入院中、ずっとボクシングにも挑戦したいと考えていましてね。念願叶って、実際に取り組めるほどに快復しました。
 
畑山 絶望の淵から這い上がって来られたんだ! 中村社長ご自身の強いハートもあったのではないですか。
 
中村 幼い頃から父に教わってきた言葉「何苦楚(なにくそ)魂」を事あるごとに思い出して踏ん張っていましたね。