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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール 佐賀県生まれ。20代から聴力検査器の開発に携わり、1978年、東京・神田に「ミミー電子」を有限会社として設立。1997年から医師と共同開発したポケット型補聴器の販売を開始。使い勝手の良さと優れた音質が評判を呼んで、全国紙に紹介されると一躍ヒット商品となった。その翌年には株式会社化を果たし、現在は世界市場への進出を目標に、コア技術の特許を出願している。【ホームページ
 
 
 
難聴を抱える子どもたちのために、ぴったりの補聴器をつくりたい──高度成長のさなかにそんな思いを胸に秘めていた、ミミー電子株式会社の大串正彦代表取締役。後に出会った補聴医学研究界の第一人者と共に、従来の日本にはなかった高性能の補聴器を見事開発した。国内の補聴器メーカーが勢いを弱めている中で、今なお衰えることのない情熱を注ぎ続ける大串社長の原点はどこにあるのか。長年の歩みを辿りつつ、語ってもらった。
 
 
 

約20年にわたり、国産補聴器を開発

 
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インタビュアー 照英 (タレント)
照英 ミミー電子さんは補聴器や聴力検査器といった、聴力に関する電子機器の製造・販売をされているそうですね。今日は補聴器のお話を中心にうかがっていきたいと思います。製造を始められたのは、いつ頃なのでしょうか。
 
大串 最初に衣類のポケットに入れて使う、ポケット型補聴器の製造を始めたのは1997年です。長年補聴器を研究されてきた、医師の大和田健次郎先生の「聞こえは他人ではわからないのだから、使用者自身で簡単に調整できる補聴器をつくりたい」というご要望に応える形で開発したものでした。会社の設立自体はそれより20年近く前で、今も主力商品である聴力検査器や、耳鼻咽喉科向けの医療用機器の製造からスタートしています。
 
照英 補聴器はどちらで販売されているのですか?
 
大串 小売店を通じた販売の他、本社に併設しているサポートセンターに直接お越しくださったお客様には、職員が商品のご説明や聴力の測定をしています。また、遠方のお客様には、電話によるご相談やご注文をセンターで受け付けているんですよ。
 
照英 高齢化がどんどん進んでいる中、補聴器の需要はかなりの規模で増加しているのだろうと想像します。これに応えるのは、メーカーや業界全体としても、大変なのでは?
 
大串 そうですね、日本で補聴器を扱っていた大手メーカーはバブル以降、軒並み撤退してしまいました。わずかに続けているところはあるものの、自社での生産を取りやめて、OEM生産をしているようです。国内では、大手1社の他は当社のような中小メーカーが製造を続けるのみで、あとはほとんど欧米からの輸入品、といった現状なんですよ。