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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

医療と介護事業で 高齢者の福祉に貢献!
ニコニコケア株式会社 代表取締役 越智陽平

 
プロフィール 愛媛県出身。小学生時代からソフトテニスに打ち込み、中学、高校と強豪校に進学。インターハイや国民体育大会への出場を果たす。大阪体育大学に進んだ後、肩を故障し、ソフトテニスの道を断念。鍼灸師になることを決意した。6年ほど訪問鍼灸で奮闘した後、2021年6月に法人化を図り、ニコニコケア株式会社を設立。新たに介護サービス事業も展開している。【ホームページ
 
 
 
自宅や施設で寝たきりのまま過ごす高齢者が増える近年、社会に必要とされているのは訪問による療養やリハビリだ。鍼灸マッサージと運動療法でお年寄りの体力を回復させ、家族や職員の介助負担も減らそうと奮闘するのが、兵庫県西宮市のニコニコケア株式会社。鍼灸師で代表取締役の越智陽平氏は、今年6月、さらなるサービスの充実を目指し同社を創業。訪問介護や保険外ケアサービスもスタートさせ地域の人々に喜ばれている。
 
 
 

ソフトテニスで挫折し鍼灸の道を選択

 
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インタビュアー 八木裕(野球解説者)
八木 兵庫県西宮市を拠点に訪問鍼灸・マッサージを手がけ、今年2021年6月から新たに介護サービス事業も展開中のニコニコケア株式会社さん。たったお一人で6年前から訪問鍼灸で奮闘し、この度、法人化を果たし業務を拡大したとお聞きしていますよ。まずは越智社長が治療家の道へ進むようになるまでの経緯から教えてください。
 
越智 私は愛媛県今治市出身で、小学生の頃からソフトテニスに打ち込んでいました。中学は地元の玉川中学、高校は松山市の済美高校とソフトテニスの強豪校に進学し、寮に入った高校時代には毎晩夜10時頃まで猛練習に明け暮れる日々を過ごしていたんです。その結果、インターハイや国民体育大会にも出場することができました。そういった経験もあって、当時の夢はソフトテニス部の監督になることでしたね。
 
八木 まさにソフトテニス一筋の青春時代を過ごされていたのですね! 
 
越智 ええ。その後も大阪体育大学に進み、プレーを続けていました。しかし、あるとき肩を故障してしまったんですよ。それで残念ながらソフトテニスの道は断念し、心機一転、鍼灸師の道という、新たな人生を選択しました。
 
八木 治療家としての選択肢の一つに、スポーツ界でトレーナーになるという道もあったかと思います。なぜ、越智社長が主にお年寄りを対象にした鍼灸師という未知の世界を選んだのか興味が湧きますね。詳しいお話をうかがいたいと思います。
 
 
 
 

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