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映画は喧嘩や。ビジネスもそうやないんかい ―― 映画監督・井筒和幸が私的映画論にからめて、毎回一つのキーワードを投げかける。第15回は人間の暴力ばかり描いてきたはずの鬼才サム・ペキンパー監督が初めて描いた抒情の逸品 『ジュニア・ボナ― 華麗なる挑戦』(1972年・アメリカ) から、変わらない”
 
 
 どんどん新しいことをしよう! 技術の革新だ! 新商品だ! イノベーションだ! ベンチャーだ! これぞ成長戦略だ! と、何でもかんでも言葉だけ弾んで威勢がいい。安倍首相もモンゴルに行っただけで、お互いウィンウィンだと! 口にしていた。しかし、空騒ぎする前に、会社の給料を上げてくれってか。株価だけが上がろうと、庶民には耐えられない。物価も上がり、すぐに消費税まで上がる運命。誰が得をして喜び、誰がどん底に突き落とされるのか、嫌な予感だけがするね、この頃。
 たまには、アクションのない映画もいいか。今回取り上げるのは、そんなに新しいことばかりムキになって考えなくてもいいから、古いモノを守り通そうぜって良い話。今までやってきたコトにこだわり続ける、そんな男が一番似合う、懐かしのスティーブ・マックィーンの登場だ。全然アクションはないから、念の為。
 
 舞台はアメリカの西部アリゾナ州、1972年の経済成長の途中、押し寄せる土地開発のせいで、古き良き田舎が失われかけて、、そこでの暮らしぶりまで変えられそうになっている一家のまじめな物語だ。主人公のボナ―は、かつては西部でならしたロデオのチャンピオンのエース・ボナ―の息子。この息子もロデオ大会を求めて西部各地をさすらう、その日暮らしの賞金稼ぎだ。ロデオは西部独特の伝統芸の見世物。日本にはロデオ文化こそないが、なくなりつつ地場産業はいっぱいある。ノコギリの目立てをしてくれた金物屋とか、コロッケの美味しかった肉屋とか、丁寧に応じてくれた老舗の文房具屋とかキリがないが、駅裏の名画座もそうだ。コンビニ化したシネコンばかりで、隠れた佳作、力作は田舎までなかなか廻ってこなくなった。コロッケの味も値段も全国均一なら、映画だってテレビで均一に宣伝されて同じモノばかりが幅を利かしている。これはもう文明の無謀、失策、大問題だろう。日本中どこもかしこも同じ店、同じ商品、同じ風景だらけで、伝統の営みに生きたいと志す若者はいなくなって都会に消えていくし、商店街もすたれ果て、どうしようもない。(政府が)旗印に掲げる企業の成長戦略が、果たして町の商店街を奮い立たせてくれるのか、ボクにはまったくそうは思えない。
 
 ボナ―が久し振りに故郷に帰ってくる。でも、町も様変わりし始めていて、なんとも快くない。しかし、ボナ―には目的はある。わが町で予定されているロデオ大会に出て、前は乗りこなせなかった町の名物の暴れ牛に、もう一度、挑戦するためだ。両親にも逢いに行こうとするが、わが町は哀れなことに、開発会社が昔の味わいのある風景をブルトーザーで地ならしして、懐かしい建物を壊し、町の再生とやらをしている最中だ。(日本もそんなことを散々やってきて、今の様になった。) 実は、その開発業者こそボナ―家の長兄で、親から買い上げた実家さえ潰して、新興住宅地にしようと目論んでいる。(こんな再開発は、この先まだまだ日本もやらかす気だ、公共事業だ高速道路だ町おこしだ新しい駅前ビルだ大型スーパーだ健康ランドだ回転寿司チェーンだでは、本当の “美しい日本” など取り戻せるのか、疑うばかりだ。地方のあちこちに仕事に出かけても、どこも味気ない田舎に豹変し落ち着かない。どうして地産地消の産業こそ大切にできないのか、ボクにはまったく解らない。)
 ボナ―が、両親のことが気になって仮住まいを訪ねてみると、母しか暮らしていない。父さんとは別居してるの、と言われる。まるで他人事のようにシラッとした顔の兄貴ともケンカになる。母が寂しく言う、もうあの人はあの人でやればいいのよ。案の定、父は、長兄に家を売りはらって得たその金で、銀の採掘をやってみたが当たらず終いで、おまけに交通事故で入院しながらも、今度はオーストラリアに金鉱を掘りに行くんだと、夢のまだ続きを夢見ている始末だ。西部男の向う気だけが強い、フロンティアの魂だけが残った、夢だけ追う相変らずの父を、ボナ―は哀れに思うが、似た者同士だなとも思う。
 父はジュニアに逢うなり、オーストラリア行きの金をせびる。でも、ジュニアこそ、ロデオで勝たない限り文無しだ。そして、ロデオ大会の開催日がやってくる。町がどう変わろうとも、どんなに周りの人間たちが変わろうとも、オレには、長い間に培ったオレ流のロデオの極め技(わざ)、この生業しかないんだ、だから、今日こそ、この暴れ牛を乗りこなして戦ってみせると、ボナ―は気を引き締めて、出場を果たす・・・。
 
 人間の暴力とその悲哀を描かせたら右に出る者がいなかった監督、サム・ペキンパーが、名優・マックとタッグを組みながら、初めて見せたアクションなしの、この、“変わらない男たち” の人生の賭け。これこそ、新しいアクション映画が次から次と現れた中で、隠れた名作だった。今でも見劣りさせない不変の魂の話だ。
 
 
 人の心を思うことなく、「人に優しいモノを」 と誰もが言う。「産業」 ってホントは何のためにあるの? 「生業」 って一体、何なの? もう一度、考えてみたくなる映画もいい。アベ首相にも見せたいよ、モンゴルにまで企業進出させて、ハイテク輸出でローコスト生産で売って儲けて成長して国益になって、それでウィンウィンだとか言ってる場合かな? のどかで美しく黄金色の稲穂が揺れる懐かしの田舎など、それでは取り戻せないぞ、日本は。
 
 
 

 執筆者プロフィール  

井筒和幸 (Kazuyuki Izutsu)

映画監督

 経 歴  

1952年、奈良県生まれ。県立奈良高校在学中から映画制作を始め、1975年、高校時代の仲間とピンク映画『行く行くマイトガイ・性春の悶々』を製作、監督デビュー。1981年『ガキ帝国』で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。以降『みゆき』(83年)『晴れ、ときどき殺人』(84年)『二代目はクリスチャン』(85年) 『犬死にせしもの』(86年)『宇宙の法則』(90年)『突然炎のごとく』(94年)『岸和田少年愚連隊』(96年/ブルーリボン最優秀作品賞を受賞) 『のど自慢』(98年) 『ビッグ・ショー!ハワイに唄えば』(99年) 『ゲロッパ!』(03年) 『パッチギ!』(04年)では、05年度ブルーリボン最優秀作品賞他、多数の映画賞を総なめ獲得。『パッチギ!LOVE&PEACE』(07年) 『TO THE FUTURE』(08年) 『ヒーローショー』(10年)など、様々な社会派エンターテインメント作品を作り続けている。最新作『黄金を抱いて翔べ』のDVDは2013年4月2日より絶賛発売中!

 
 
 
 

 

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