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スペシャルインタビューSPECIAL INTERVIEW

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周囲の支えがあるからこそ
常に成長を続けられる

 
社会人野球で活躍後、日本のプロ野球を飛び越えてメジャーリーグに挑戦した田澤純一選手。マリナーズ、レンジャーズなど複数のチームが獲得に名乗りを上げる中でボストン・レッドソックスに入団し、マイナー契約を経ずにメジャーで契約した初の日本人選手となった。その後、幾多の苦闘を乗り越え、2013年にワールドシリーズ制覇に貢献。昨シーズンもフルで活躍し、今やレッドソックスに欠かせない存在になっている。決して平坦ではなかったと思われるその道のりだが、田澤選手は「いつも周囲のサポートに助けられてきた」と笑顔で語ってくれた。
 
 

工場で働き、野球をする毎日

 
 高校時代はどうしてもプロになろうという気持ちはそれほどなかったですね。両親に学費を払ってもらってまで大学に進学するつもりはなかったので、卒業後は所属できるチームがなければ就職しようと考えていました。実際一般企業に内定もいただいていましたが、そんな僕に唯一声をかけてくれたのが、社会人野球チームのエネオス(新日本石油ENEOS、現JX-ENEOS)だったんです。高校の時よりもレベルの高い環境で野球ができるチャンスをもらえたのは嬉しかったですね。しかもエネオスはたくさんのプロ選手を輩出してきた実績あるチーム。それで、お世話になることを決めました。
 
 入社後はエネオスの根岸製油所で働きながら、野球をする毎日でした。ただ、2年目の夏になっても思うような結果が出せなくて、一度クビになりかけたんです。でも、たまたまその年の最後の大会で、主力ピッチャーの調子が悪く出場機会が巡ってきた。その時になんとか結果が出せたので、3年目も野球部に残れました。その後は登板の機会も増えて注目されるようになり、工場で一緒に働く方々からよく声をかけられるようになりました。「こないだのピッチングは良かったね!」なんて、夜勤明けの年上の方々にコーヒーを奢っていただくこともありましたね。
 
 今でもそうですが、エネオスは日本代表チームのスポンサーになるなど、野球に理解のある企業です。僕が所属した当時も、試合がある時は会場にわざわざ足を運んで声援を送ってくれる社員の方々がたくさんいたんです。そうやって関心を持っていただいていたからこそ、チームの調子が悪い時には厳しい言葉が飛んでくることもありました。でも、そういう目で見られていたら選手も適当なプレーはできませんから、必死になりますよね。
 
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