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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

ペット共生型収益物件で
価値ある資産を未来に

 

父への反発、和解、そして最後の教え

 
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駒田 橋本社長のこれまでの歩みを教えてください。
 
橋本(良) 長男として、幼い頃から父に厳しく育てられましたね。大企業に勤める自分と同じ道を私にも歩んでほしいという期待もひしひしと感じていました。ただ、「本当にこのままの人生でいいのか」と自問し、地方の大学を2年で辞めて上京したんです。当然、父には「二度と顔を見せるな」と勘当されました。
 
駒田 東京に出てからはどんなご経験を?
 
橋本(良) 不動産業を本気で取り組むきっかけになった、相模原市の不動産会社で働いた後、大手不動産会社に就職しました。30歳で独立すると決めて、勉強のつもりで必死に働きましたね。独立して成功する事で父に褒めて貰いたかったんですよ。
 
駒田 橋本社長は、お父様に認められたいがために不動産業界で頑張られたのですね。ご立派です。独立なさって、お父様との関係も変わった事でしょう。
 
橋本(良) 「お前も色々と深く考えるようになったな」と、様々な話をしてくれるようになりました。また、弟の篤史を頼みたいと相談して貰えるまでになりました。
 
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専務取締役を務める、弟の篤史氏
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自然と一緒に働くようになったという柴田新介取締役
橋本(篤) その当時、私はフリーターで、父や兄にずいぶん心配をかけていました。
 
橋本(良) 私は「篤史の就職口は親父が世話した方がいい」と言ったのですが、父は「いいや、篤史はお前の会社に入るのが本人にとっても一番の成長に繋がる」と言い続けたのです。私もじゃあ一緒にやってみるかと思い直し、彼が入社する事になりました。ただ、そんな元気だった父も2年後に白血病を患い63歳で亡くなってしまいました。
 
駒田 まだお若いのに、残念でしたね。精神的なダメージも大きかったのでは?
 
橋本(良) 強烈なショックを受け、何のために頑張れば良いか分からなくなったのです。精神的にドン底に落ち、会社も廃業の覚悟を決めるほどでした。ただ、そんな時に篤史や私の妻が引き留めてくれ、実際、彼の頑張りのお陰で会社は持ち直しました。1年後、なぜ父が亡くなったのに篤史は頑張れたのか聞くと、父は亡くなる前に篤史へ「何があってもお前だけは兄を助けるんだぞ」と話していたそうです。
 
駒田 もしかすると、こうなる事を見越して、「お前の会社に入れろ」と言っていたのかもしれませんね。
 
橋本(良) そうですね。それまでは自分一人で気負っていましたが、このピンチのおかげで、周りの人に支えられている事を実感しました。これは父が最後に教えてくれた事だと思います。
 
 
 
 

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