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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

バイオガス発電の普及で 日本の未来を変革する!
株式会社ウィンフィールドジャパン 代表取締役 勝田健一

 
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インタビュアー 城彰二(サッカー元日本代表)
 太陽光発電事業や再生可能エネルギーに関するコンサルティングなどに取り組む株式会社ウィンフィールドジャパンさん。勝田社長はB-plusには4回目のご登場ですね。年に一度お会いできる機会を、僕も楽しみにしていました。今日は、あらためて勝田社長の歩みから教えていただけますか。
 
勝田 私は、親の仕事の関係もあり海外で生まれました。帰国したのは小学5年のときです。アメリカの大学を卒業し、日本で大手医療機器メーカーに就職しました。その会社では人工心臓を開発する目標がありましたが、残念ながら1年で退職したんです。理由は、稟議を通すため大変な時間がかかることに疑問を感じたからです。それで、キノコ栽培の大手企業に転職しました。当時から私の目標は起業だったので、社長にその意思を伝えると「学びたいだけ学びなさい」と受け入れてくださいました。
 
 勝田社長の思いに対して理解のある方と出会えたわけだ。キノコ栽培の仕事ではどんなことをしたんですか?
 
勝田 私のミッションは、アジア各地に工場を建設することでした。月の90%を海外で過ごす生活を続け、マレーシアに工場を立ち上げたところで退職したんです。その後は、日本のフルーツを海外に輸出するビジネスを始め、一時は日本で柿の輸出を一番多く手がけるほどの実績ができました。でも、フルーツの輸出は“腐る”というリスクがあり、それほど利益を生みません。そこで会社を閉じ、有名な経営コンサルタントが率いる会社に入社しまして。M&Aのアドバイスでヨーロッパを飛び回り、その次は、一部上場の不動産会社の社長さんと出会い、かばん持ちになりました。
 
 勝田社長の生き方は、まさに波乱万丈だ。かばん持ちの次のお話も気になりますね。
 
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勝田 東京で120店舗もの飲食店を経営する知人から、「お前に太陽光発電事業を任せるから来てくれ」と誘われました。その期待に応えビジネスを拡大したところで、2015年に独立し弊社を起業したというのがこれまでの道のりです。
 
 なるほど。御社の柱である太陽光発電事業に辿り着くまでには、そんな壮大な歩みがあったんですね。それにしても、事業のほうは順調に拡大しているようですね。
 
勝田 はい、おかげさまで来期もメガソーラーの建設を90ヶ所ほど申請しているところです。もちろんすべては無理でしょうが、そのうち36ヶ所の実現を目標にしています。
 
 
 
 

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