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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

各種工業用シールを提供し地球環境に貢献する企業
セパック工業株式会社 代表取締役社長 木村紀一

 
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インタビュアー 水野裕子(タレント)
水野 工業用シール製品の製造・販売や関連製品の販売を手がけるセパック工業株式会社さん。まずは木村紀一(きむら きいち)社長の歩みから教えていただけますか。
 
木村 私は北海道函館市出身で、函館工業高校から大学は工学部応用化学科へ進学し、卒業後は工業用シール製品メーカーで国内最大手の日本バルカー工業株式会社に入社しました。最初は研究職に就いたのですが、私はもともと人と会うのが大好きで、研究職よりも人との出会いを繰り返しながら、全国を飛び回る仕事がしたかった。そこで、1年後に自ら希望して営業部門に異動させてもらいました。その後、35年近く、全国のバルカー支店で多くの業界顧客を知り、東京・九州支店長も歴任してきました。その後、現在のセパック工業に転職し今年2018年で20年、いつの間にか55年が経過していた、ビジネス人生でした。
 
水野 各地の支店で働く中で、特に長く赴任した地域はありますか?
 
木村 大阪支店時代ですね。最初はなかなか関西に馴染めませんでしたが、最終的に大好きになり、20年間も勤務することになりました。その後、東京に戻り、韓国・台湾のほか、インドネシア、シンガポールなど東南アジアを中心とした海外拡販活動を5年間経験しました。とても、いい思い出です。
 
水野 海外でもですか! まさに営業の第一線で、豊富な経験を積まれたんですね。では、いったいどういう経緯でセパック工業さんの代表に就任したのかを、教えてください。
 
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木村 1998年、日本バルカー工業の代理店だった弊社の経営を立て直すために、転職しました。販売・製造製品の見直しや事業所の統合を図るなど積極的な改革に取り組み、代表に就任したのは2005年でした。その後もさまざまな社内改革を行い、入社20年を迎えた現在、業績は当時の2倍以上の売り上げを達成しています。
 
水野 それは素晴らしい! 経営立て直しの取り組みは、大成功したわけですね。それでは、セパック工業さんの歩みについても教えていただきたいのですが。
 
木村 弊社は1952年に、西村工業株式会社として東京都港区で創業しました。その後1993年に大田区大森北に本社ビルを竣工して、「セパック工業」と現在の社名に変更しました。また、中国現地法人「セパック(上海)貿易有限公司」を2004年に設立し、現在は海外にも積極的に事業展開しています。
 
水野 今年で66年もの歴史を持つ老舗企業だったんですね。ところで、私たちは「工業用シール製品」と言われてもなかなかイメージが思い浮かびません。
 
 
 
 

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