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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール 東京都出身。自動車板金を営む家に生まれる。幼少時から住み込みで働く職人と寝食を共にする生活をしていた影響で、家業に就くことを早くから切望していた。一度は父から継承を断られたが、同業他社で修業を積み、あらためて説得。祖父からの快諾を得て家業に入る。父の後を継いで3代目となって以降も、高い技術力で信頼を集め続けている。【ホームページ
 
 
 
2018年に創業74年を迎えた有限会社深川自動車ボデー工業所。子どもの頃から板金職人を目指し、父や祖父に認められて後を継いだのが3代目の髙野広宣代表取締役だ。電気自動車の普及などで修理する車の種類が変わっても、自社の技術と顧客との信頼関係に強い自信を持っている。その自信の表れが、万が一の際は無料で修理や交換をする、同社独自の「永久保証サービス」だ。
 
 
 

70年以上続く老舗の自動車板金工場

 
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インタビュアー 川﨑麻世(タレント)
川﨑 東京都江東区の深川で車の修理・板金・塗装を手がける、深川自動車ボデー工業所さんは、髙野社長で3代目。70年以上続く、由緒ある工場だそうですね。ぜひ、その歴史を教えていただけますか。
 
髙野 小学生の頃から板金の修業を続けた祖父が、1945年に独立して創業しました。当時は遊園地のゴーカートなどの製作もしていたんですよ。多いときは100人ものお弟子さんがいたと聞いています。
 
川﨑 それは奇遇です。実は僕の祖父も大阪で板金工場を興し、枚方の遊園地にあったゴーカート製作などをしていたんですよ。髙野社長と僕は、似たような環境で育ってきたわけですね。髙野社長ご自身も、幼い頃から3代目になることを望んでいたのでしょうか。
 
髙野 そうですね。父の代も住み込みの職人が数多くいて、食事もお風呂も一緒という暮らしをしていました。ですから私も早く、板金の仕事をしたくてたまらなかったです。工場の掃除ぐらいは子どもの頃から手伝って、中学を卒業する頃には「後を継ぎたい」と父に話していました。