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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
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インタビュアー 城彰二(サッカー元日本代表)
城 De Taquito(デ・タキート)さんでは、南米へのサッカー留学のコーディネートを中心に、サッカーに取り組む若い人たちのサポート事業を手がけておられるそうですね。
 
石崎 はい。サッカー留学コーディネートでは、海外での生活面も含めてフルサポートしています。また、日本のプロチーム向けに、海外のプロ選手と指導者の紹介も行っているんです。
 
 事業内容から、サッカーへの熱い思いが伝わってきますね。サッカーとの関わりも含めて、ぜひ石崎代表のご経歴を教えてください。
 
石崎 サッカーを始めたのは小学1年生の頃で、先にプレーしていた兄に影響を受けました。5年生の時には、三浦知良選手が活躍していたブラジルに憧れまして。オーストラリア留学をしていた高校時代も、南米への思いは消えませんでした。そこで、小学生時代のコーチでもあった、サッカージャーナリストの方に手紙を出したところ、アルゼンチンへのサッカー留学をサポートしてくださったんです。
 
 夢が叶ったわけだ。実際にアルゼンチンでサッカーを体験されて、いかがでした?
 
石崎 チームのレベルが想像以上に高くて、自分の居場所を確保することが大変でした。ただ、その分鍛えられましたし、公用語のスペイン語も苦労しながら習得することができたので、得るものは大きかったですね。アルゼンチンでは、財政面の問題でチームが解散するまでの6年間をプレーヤーとして過ごしました。
 
 わかるなぁ。僕も現役時代にスペインのチームに移籍した際は苦労しましたから。でもおっしゃるように、貴重な体験になりましたね。それで帰国後は、どうされたんですか?
 
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石崎 知人の紹介で「アビスパ福岡」にプロテストを受けに行ったのですが、監督がアルゼンチン出身なのに、スペイン語が話せる人があまりいないからと、通訳にさせられてしまいました。本当はプロ選手になりたかったので、退団後も悩んでいましたね。そんな折、通訳時代に知り合った松原良香氏のお誘いで、兄・真也氏が代表を務める少年サッカークラブに転職したところ、子どもたちへの指導にやりがいを感じまして。現在も指導する東京都練馬区にあるサウスユーベFCで、教え子の海外サッカー研修をコーディネートしたことがきっかけで、2008年に独立しました。これまで国内外で築いてきたサッカー関係者とのつながりを活かせることが、強みです。
 
 
 
 

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