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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
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インタビュアー 八木裕(野球解説者)
八木 合同会社ことり介護サービスさんでは訪問介護を中心に、障がい福祉や障がい者の移動支援、介護タクシー事業を行っているそうですね。
 
嘉陽 はい。弊社のスタッフには私を含めて5名の看護師がいますので、喀痰吸引や経管栄養の処置にも対応できることが強みです。
 
八木 それはすごい。訪問介護事業所で、看護師さんがそれだけ在籍しているところは珍しいですよね。
 
嘉陽 そうなんです。事業を始めるにあたり、元同僚や看護学校時代の同級生など、看護師仲間に片っ端から声をかけたら、たくさんの仲間が協力を申し出てくれました。看護師は医療の知識や現場経験が豊富なので、健康相談やお薬の相談などにも対応でき、利用者様から頼りにされています。
 
八木 医療の知識がある方に介護してもらえるのは、頼りになるし安心感が増しますよね。嘉陽代表が看護師を目指されたきっかけは何だったのでしょう。
 
嘉陽 19歳のとき、弟が突然死してしまったんです。彼が倒れているのを発見したのは私で、素人なりの応急処置をしたのですが、残念ながら助けられませんでした。当時の私はホテルで働いており、その後は老舗の料理店でマネージャー職を務めるなど接客業を究めるつもりでいました。でも心の中で、「自分に医療の知識があれば、弟は助かったかもしれない」という思いをずっと抱えていたのです。それで、あるときに一念発起し、看護学校に入学しました。それで、看護師免許取得後は若い人にスタートで遅れを取った分を取り戻そうと、たくさんの経験が積める千葉県の救急救命センターに入りました。
 
八木 救急救命センターというと、かなりハードな医療現場というイメージがあります。
 
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嘉陽 おっしゃる通り、肉体的にも精神的にも厳しい環境で、処置の甲斐なく命を落としてしまう患者様も多く目にしました。ただ、亡くなった方の中には、死の間際に「ありがとう。あなたに担当してもらえてよかった」と口にしてくださる方もいらっしゃいました。そうした体験を通じて、看護師の仕事に誇りを持つようになったのです。
 
八木 それにしても、社会人になってから新たに看護師を志し、自ら厳しい現場に身を投じて経験を積まれた精神力、素晴らしいと思います。

嘉陽 私は、他の人にできて自分にできないことはない。努力すればできる――と前向きに考えるタイプなんです。実は起業のきっかけは、職場の健康診断で私自身に心臓病が見つかったことでした。精密検査の結果、遺伝型の難病であることがわかり、弟が突然死したのもそれが原因だろうとの説明を受けました。
 
 
 
 

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