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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
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インタビュアー 石黒彩 (タレント)
石黒 鳥や魚など動物のはく製づくりを手がける「ハセ川はく製」さん。長谷川代表がこの道に進まれたきっかけを教えてください。
 
長谷川 幼い頃に読んだ雑誌の中に、はく製の写真を見つけた時に衝撃を受けました。もう命はないはずなのに、まるで生きているようなその姿に強く惹かれたんです。そんなこともあり、15歳で毛皮工場に勤務するようになりました。
 
石黒 はく製に魅せられたのに、毛皮の鞣(なめ)し工場を選んだのはなぜですか?
 
長谷川 はく製をつくる過程で、鞣しは必須工程だからです。5年間修業し、その後はレストランの料理人になりました。
 
石黒 一旦はく製づくりの道から遠のいたんですね。
 
長谷川 毛皮が斜陽産業になっていたので、別の技術を学ぶのもよいかと思ったんです。その頃、ある方からキジの皮をいただく機会がありましてね。独学で初めてはく製をつくりました。それをレストランに飾っておいたところ、すぐに盗まれてしまいまして。でも不思議と、嬉しい気持ちのほうが強かったんです。
 
石黒 盗まれるほど価値のあるものをつくったわけですからね。
 
長谷川 そうですね。それに、一度亡くなった命とは言え、それがどこかで大切にされていることを嬉しく思いました。その後、過労で体を壊してしまい、料理人を辞めました。その頃はもう、はく製師になる決意をしていましたので、喫茶店に勤めながら、魚や鹿のはく製をつくり続け、技術を磨いたんです。それらをお店の壁に飾っていたら評判になり、TV局や新聞社に取材されるほどになったんですよ。
 
石黒 独学でそこまでになるって、すごい! ただ日本人は、はく製に対して「殺生・残酷」というイメージを持つ人が多いと聞きます。
 
長谷川 確かにそうですね。はく製という言葉を嫌う方もいるので、そのイメージを変えたくて、たとえ命は亡くなっても違う形で生き続けているという意味を込め、「第二の生命」という言葉を使うようにしています。
 
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石黒 未来がある素敵な言葉だと思います。私も初めてこんなに近くではく製を見て、まるで生きているような存在感に驚きました。長谷川代表の今後のご活躍も楽しみです。
 
長谷川 これまで、小学校に講演に行き“命”をテーマに語らせていただく機会もありましたし、長野オリンピックのポスターや音楽家の作品ジャケットに写真を使っていただくこともありました。次は集大成として写真集を出します。それが関わってきた皆様への恩返しになれば幸いです。
 
 
 
「仕事を楽しむ」とは‥
「第二の生命」として動物を誕生させられた瞬間が、最高の楽しみです
(長谷川芳隆)
 

:: 事業所情報 ::

ハセ川はく製

〒156-0051 東京都世田谷区宮坂2-15-20

ホームページ
http://nttbj.itp.ne.jp/0334286732(iタウンページ)

 
 
 
 

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