B+ 仕事を楽しむためのWebマガジン

経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール 東京都出身。父親が、金属回収を手がける(株)マナカを設立。人手不足から、家業を手伝うようになる。しかしその後、人員整理に際して自ら退職。兼ねてから興味のあった映像制作会社にアルバイトとして入社した。芸能人をキャスティングする業務を担当するも、1年後に会社が倒産。業務を通じて得た人脈を活かし、芸能プロダクションを設立した。12年後、父の引退を機に再び家業に入り、現在に至る。【ホームページ
 
 
 
町工場が多いことで知られる東京都大田区北糀谷。現在は、マンションが立ち並ぶ街へと変貌を遂げつつある。ここで長年にわたり、金属回収業を営むのが株式会社マナカだ。2代目代表取締役の眞中和雄氏は、10年以上、芸能プロダクションを経営したこともある経歴の持ち主。芸能界で学んだ「人とのつながりを大切にする」精神を生かし、時代と共に移り変わるリサイクル業に、さらなる変革を促そうと走り続けている。
 
 
 

工場や建築現場、住宅から金属を回収

 
glay-s1top.jpg
インタビュアー 川﨑麻世(タレント)
川﨑 東京都大田区で鉄、銅、アルミニウムなどの金属回収を手がけるマナカさん。眞中社長は2代目でいらっしゃるそうですね。
 
眞中 そうなんです。弊社のある大田区北糀谷は、昔、のりの産地として知られていました。しかし、戦後は製造業者が立ち並んだため、父が工場から出る金属を集め、問屋に卸す仕事を始めたんですよ。
 
川﨑 では、現在も工場との取り引きが多いのですか。
 
眞中 いや、今は7割くらいが建築現場から回収する廃棄物ですね。一般家庭からご連絡をいただいて、ステンレスの流し台、エアコン、給湯器などを回収することも多くなりました。
 
川﨑 おもしろいですね。なぜ、そのような変化が起きたのでしょう。
 
眞中 バブルが弾けてから、このあたりの町工場は景気が悪くなってしまいましてね。やがて、工場の創業者たちが引退する年齢になってきたんですよ。しかし、2代目や3代目にあたる人たちは、なかなか工場を継ごうとしません。いっぽう、すぐ近くにある羽田空港が規模を拡大するにつれ、空港で働く関係者が住むためのマンションが必要になりました。
 
川﨑 そのうち、マンションを建てるための土地が足りなくなりますね。
 
眞中 おっしゃる通りです。そこで、マンションを建設するために工場や住宅を取り壊すことが多くなりました。さらに、この地域に住み続けている方の家も古くなり、リフォームをするご家庭も増えてきた。その結果、建築現場の監督さんや住民の方から、廃棄物回収の依頼をいただくようになったんです。
 
 
 
 

アーカイブ一覧

分野で選ぶ

バックナンバー

最新記事

話題の記事