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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール 東京都出身。東京都府中市にある米軍通信施設内の通信技術者養成校で学び、卒業後は新設の外資系航空会社に就職。通信部門の組織立ち上げに貢献した後、居酒屋を経営するも、芝居の世界に魅せられ俳優養成所に入る。その後、30代半ばで夢に区切りをつけて不動産会社に入社し、2年ほど働いた後に独立起業した。インターネットによる集客にいち早く着目、ホームページを立ち上げるなどして成功を収める。【ホームページ
 
 
 
インターネットによる集客や、仲介手数料無料のサービスを同業者に先駆けて始め、堅調な業績を保ってきた株式会社藤建企画。東京の調布市や狛江市で、新築一戸建ての仲介を専門とし、顧客の希望に叶った提案を行っている。堅調の理由は集客方法だけではない。久野博代表取締役が心がけているのは、買主の話をじっくり聞き、親身に接すること。仲介者でありながら相談相手として接し、買主と一緒になって住まい探しを行っているのだ。
 
 
 

役者から不動産業に転身

 
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インタビュアー 川上麻衣子(女優)
川上 久野社長は、不動産業に就かれて長いのですか?
 
久野 初めて不動産業に携わったのはバブル期ですから、もう30年以上になります。それ以前は通信技術者として働いたり、居酒屋を経営したり、劇団に所属していたこともあるんですよ。
 
川上 えっ、私と同業者でいらしたんですか!?
 
久野 川上さんと違い、私はさっぱり売れませんでしたが(笑)。役者に見切りを付けたのは30代半ばで、たまたま学生時代に宅地建物取引主任者――現在の宅地建物取引士の資格を取得していたことから、不動産会社に就職しました。その2年後に起業したんです。
 
川上 バブル期には不動産価格が高騰していましたよね。かなり好調なスタートだったのでは?
 
久野 確かに時代は追い風でした。ただ、大手の看板もない個人事業者が利益を上げられるほど不動産業は甘くありません。そのため、自分で土地を購入し、そこに住宅を建て、販売は大手不動産業者に託すというスタイルを取っていたのです。ところが、バブル崩壊後、銀行が融資をしてくれなくなり、自分で土地を購入することもできなくなりました。
 
 
 
 

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