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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール 福岡県出身。10~30歳までを大阪で過ごし、大学時代にアルバイトで家庭教師を経験。卒業後は保険会社へ就職し、大阪や兵庫、福岡の事業所で勤務する。2015年、新たに配属された東京で、心に秘めていた教育事業への思いが燃え上がり、学習塾を開くことを決意。保険会社を退職し、小岩takeゼミナールを開いた。塾生の目線に立った熱血指導が人気で、塾生数は着実に増え続けている。【ブログ
 
 
 
東京都江戸川区南小岩にある学習塾、小岩takeゼミナール。こちらを訪れた元サッカー日本代表の城彰二氏は「まるで寺子屋のような塾だ」との感想を抱いた。寺子屋は江戸時代、子どもに読み書きや計算、道徳などを教えた民間施設だ。「学力向上と共に、塾生の人間的成長を促したい」と語る竹尾亮一代表の方針は、まさに現代の寺子屋と言えるのではないか。いつも楽しく、時には厳しく、子どもたちの真の成長を願う竹尾代表の教育に懸ける情熱と信念に迫った。
 
 
 

自らの学習体験を教育に活かしたい

 
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インタビュアー 城彰二(サッカー元日本代表)
 学習塾を運営する竹尾代表は、福岡生まれの大阪育ちだとうかがいました。東京にはいつ来られたのですか。
 
竹尾 2015年の4月です。当時は保険会社に勤めておりまして、転勤で東京に参りました。
 
 そうすると、保険会社を退職して塾を始められたわけですね。大転身の理由を教えてください。
 
竹尾 私はかつて高校受験で失敗をし、当時、大変悔しい思いをしました。「絶対に見返してやる」という気持ちで高校3年間は勉強に打ち込み、現役で大学に進学することができたのです。その中で学んだことを、教育に活かしたいとの思いがありましてね。保険会社に勤めながらも、その思いはずっと持ち続けていたのです。
 
 すると、長年温めていた夢を実現されたわけだ。でも、来たばかりの東京に残らなくても良かったわけですよね? なぜここで塾を開くことにしたんですか。
 
竹尾 この周辺は都会でありながら人情味に溢れ、心の暖かい人が多かったからです。なんだか、この街は私にぴったり合っていると思ったんですよ。考えてみると、この街だからこそ、長年の思いを現実にするための決断ができたのかもしれません。