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 映画は喧嘩や。ビジネスもそうやないんかい ―― 映画監督・井筒和幸が私的映画論にからめて、毎回一つのキーワードを投げかける。第7回は 『自転車泥棒』(1948年) から、“生きる糧”
 
 
 最近、何かで “どうしようもない絶望” の淵にいる人に、素晴らしい映画をお薦めしたい。仕事に失敗して周りから詰られて、自分の立場もなくなり悲嘆に暮れながらリストラされた人も、恋人に愛想を尽かされたか裏切られた人も、間違いなく、気が楽になること請け合いだ。そんな時に頼りになる映画だ。憂さ晴らしや暇つぶしや現実逃避のモノではない。そんな片時のモノは “絶望” の屁の突っ張りにも、何の役にも立たない。退屈しのぎに 『007・スカイフォール』 のジェームス・ボンドを見ても、ボンドは町の呑み屋にもいないし、絶望は明日も続くままだ。せめて元に立ち直りたい、そう願うならこの映画は必見だ。
 ボクもこんな古い映画など、50年公開のリアルタイムで見たわけではない。二十歳を過ぎ、絶望の日々を送っていた頃に、大阪か京都の名画座でリバイバルで見た。でも映画館を出るなり、生きる糧を得られたのは確かだった。白飯とみそ汁と漬け物でも生きていける、食い物はなんでも美味いと思った。映画とは、実用に替わる映画のことだ。コンビニや100均ショップに並んでいないのは残念だけど。 
 
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『自転車泥棒』 1948年・イタリア
DVD発売 アイ・ヴィー・シー
(税込¥1,890)
 仕事がなくてどん底暮らしの若い父さんのアントニオは、職業安定所に通って待った末に、市役所のポスター貼りの仕事を紹介される。でも、仕事をするためには自転車が必要と言われるが、生活を切り詰めていたアントニオは自転車を質に入れてしまっていた。妻が家のベッドシーツまで質に入れ、その金で自転車を取り戻す。職に有りつけたと喜ぶアントニオを見て、小さい息子のブルーノも喜んでくれる。ところが、仕事の初日、町の壁にポスターを貼っている隙に自転車を盗まれてしまう。警察も話にならない。自転車がないとまた無職に舞い戻りだ。アントニオは必死で自転車を探し始める。泥棒市場に行ってみても、自分の自転車がどれかなど分からない。息子と途方に暮れていると、泥棒した奴らしい男を見かける、が、また逃げられてしまう。息子のブルーノに 「父ちゃんが油断してるからや」 と言われたので、アントニオはブルーノに平手打ちを食らわせてしまう。ブルーノが初めて父ちゃんに殴られて機嫌を損ねてしまったので、悪かったと思い、なけ無しの金でレストランに入り、二人で小皿の一品と安いワインとチーズを注文する。周りの家族客が贅沢なモノを食ってるのが情けないが、仕方がない。「ポスター貼り仕事を続けられたらもっと美味いモノが食えるんだ、絶対に自転車を見つけてやる」 とアントニオは、息子に約束する。思い余った挙句、町の占い師にまで訊ねてみるが、「見つかるか、見つからないかどっちかだ」 とふざけたことを言われてしまうだけだ。親子二人で呆然としながら、サッカースタジアムの前で“絶望”を噛みしめていたら、観客が乗ってきた無数の自転車が眼の前にある。路頭に迷うとはこのことだ。アントニオは息子に先に家に帰れと言った後、思い切って、自転車の一台に目をつけ、それに跨って逃げる。でも、すぐに周りの男たちに怪しまれて追いかけられる。追われながら、必死にペダルを漕ぐ父さんの哀れな姿を、電車で帰らなかったブルーノが発見する。アントニオはとっ捕まって、男たちに取り囲まれて警察に連行されかける。が、そこへブルーノが駆けつけ、泣きながら父にしがみつく。やがて自転車の所有者も追いついて、父さんを憐れんで悲しむ息子を見た所有者が、「息子がいるのなら、もういいから」 と見逃してくれる。
 自由になったものの惨めなアントニオ。それを仰ぎ見る息子が、父さんの手をギュッと握ってやる。息子はもう悲しんでいない。父さんも息子の小さな手を握り返す。親子で良かったなと。手をつないだまま二人は町に帰って行く。自転車は消えてしまったが、父は “絶望” の淵から救ってくれた息子が傍にいることに、息子は誰のものでもない父が傍にいてくれることに、生きる糧を得たのだ。イタリア・ネオリアリズムの名匠ビットリオ・デ・シーカ監督が、素人の二人を起用して撮った。君にとって、生きていく糧とは何だろうか。
 
 
「満足度ナンバーワン、笑える映画です、思いっきり泣けます、ハッピーになれる映画です」 と、まるで、イタリアの街角の占い師みたいに、客の気だけを惹く宣伝ばかり巷に溢れている。ボクは、生きる糧になる映画をいつも探している。
 
 
 

 執筆者プロフィール  

井筒和幸 (Kazuyuki Izutsu)

映画監督

 経 歴  

1952年、奈良県生まれ。県立奈良高校在学中から映画制作を始め、1975年、高校時代の仲間とピンク映画『行く行くマイトガイ・性春の悶々』を製作、監督デビュー。1981年『ガキ帝国』で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。以降『みゆき』(83年)『晴れ、ときどき殺人』(84年)『二代目はクリスチャン』(85年) 『犬死にせしもの』(86年)『宇宙の法則』(90年)『突然炎のごとく』(94年)『岸和田少年愚連隊』(96年/ブルーリボン最優秀作品賞を受賞) 『のど自慢』(98年) 『ビッグ・ショー!ハワイに唄えば』(99年) 『ゲロッパ!』(03年) 『パッチギ!』(04年)では、05年度ブルーリボン最優秀作品賞他、多数の映画賞を総なめ獲得。『パッチギ!LOVE&PEACE』(07年) 『TO THE FUTURE』(08年) 『ヒーローショー』(10年)など、様々な社会派エンターテインメント作品を作り続けている。話題作 『黄金を抱いて翔べ』 は、只今、絶賛全国ロードショー中!!

 
 
 
 

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