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『ジャパネットたかた』といえば泣く子も黙るキング・オブ・テレビショッピング番組。MCの髙田明社長のあの甲高い声がまだ耳に残っている方も多いのではないでしょうか。かく言う評者もその一人。初めて番組を見た感想は、「この人、本気や・・・」でした。
 
同じ印象を、東日本大震災があった2011年大晦日夜の紅白歌合戦の、東北の被災地の小学校の校庭から出演した長渕剛さんにも感じました。共通するのは、両方とも生中継であることと、見ようによっては「なんじゃこれ」と思うくらいに過剰であることです。
 
こちらとしては、その異質なまでの過剰さは「なぜにまたそのテンション?」「なぜにまたそのシチュエーション?」と突っ込んでシニカルに距離をとって理解したいのですが、彼らの何かがそれを引き留める。あの夜の長渕さんのいちいちキメる歌いっぷりは時代感覚的には「ズレてる」「イタイ」と片付けられてもおかしくなかっただろうに、当人の“本気”がそれを許さない。髙田氏のMCにも、見る人を後に引かせない、同じ力がありました。
 
髙田氏が番組MCを退いたのは2016年1月。同年6月から始まった日本経済新聞電子版「NIKKEI STYLE」の連載を加筆・再構成したものが本書です。中には、1979年に長崎県平戸市の実家のカメラ店が出した佐世保市の支店を30歳で任された時のこと、37歳で独立し、その後たまたま出演したラジオ番組で5分間で店舗販売1年分のカメラが売れたのを機に1990年にラジオ通販に参入したこと、それまでも車で約30分の温泉街に10年間、毎日のように通い、観光客相手の写真撮影・販売を続けて商いの勘を学んだことなどが描かれます。商家出身のお母様のことや、奥様との二人三脚ぶりも語られます。
 
そして1994年にテレビ通販に進出。その後もカタログ通販、ネット通販とメディアミックスで事業を拡大し、2001年に自社スタジオを持った時は全員番組制作の素人だったという裏話や、絶頂に見えた2004年に社員によって51万人分の顧客情報持ち出し事件が起きた話も描かれます。「あまり知られていないことだが」としてページ223に記された事件の後日譚には感動しました。さらに、2015年の社長引退にいたるまでの経緯と背景の思い、そして現在は地元長崎のサッカーJ2チーム「V・ファーレン長崎」の経営破たんを救う新社長として支援に乗り出したことなどが収録されています。
 
つまり本書は、髙田氏の経営者人生を原点から通しで知ることができる一冊。同様の書籍に『伝えることから始めよう』(東洋経済新報社)がありますが、あちらは単行本、こちらは新書です。もう少し気楽に、髙田氏の考え方に端的に触れたい人にはこちらがお勧めかも。いくつか抜き出してみます。
 

私は「髙田さんは伝え方が上手いですね」「直観がいいね」と言われることがありますが、それは誰でもできるようになると思います。/大事なのは、そこまで自分ができるようになるには、商品に向き合って、なろうと思う自分がいるかどうかが大事です。なろうと思う気持ちがない人になれるわけがない。(p81)
 
その当時は注文を受けた製品の発送は全部手書きしていました。‥中略‥それで回らなくなってきて、ついにIBMのコンピューターを買って、手書きの注文票を打ち込み始めたのですが、人手が足りません。妻は未明の午前1時や午前2時ごろに起きて打ち込んでいましたね。私は倉庫でひとり朝から晩まで製品の梱包です。‥中略‥でもそうしたことを苦痛とは思いませんでしたね。やらなければならないことをやっていただけで。(p120)
 
記者会見を開いてほしいとの要請を受け、心の整理もついておらず、事件の全貌もわかっていない中で、急遽会見の場を設けることになりました。「夕方でいいですか」と報道陣に聞くと、「それでは夕刊に間に合わない」、「全国ニュースに間に合うように早くしてほしい」と言われ、午前11時ごろから会見を始めました。最終的にテレビ、ラジオなど全ての販売を止めるなど、会社の方針を決めたのはその間の2時間弱の間でした。(p150)
 
記者会見も終了時間を設けず、質問が全部出尽くすまでお答えしました。答えられるものはお答えしなければならないという思いからです。‥中略‥ジャパネットが最大の加害者なのだからという思いで質問に答え続けました。我々の思いを誠心誠意、マスコミの先にいる世間の皆さんに説明することを優先しました。(p151)

 
後の引用2つは顧客情報流出事件の際のエピソードです。これらの言動から感じるのは、結論と行動が出てくるまでの短さです。思考回路に余計な自意識がない。企業による不祥事の会見は内向きのポジショントーク、つまり余計な自意識の塊りになりがちですが、「マスコミの先にいる世間の皆さん」にまで向いて説明する姿勢は髙田氏の真骨頂でしょう。
 
本書で髙田氏は影響を受けた本として世阿弥の『風姿花伝』を挙げ、「我見(がけん)」「離見(りけん)」「離見の見(りけんのけん)」を紹介します(実際はこの3つは後年の『花鏡』所収)。「我見」は自分からの見え方、「離見」は相手からの見え方、そして「離見の見」は、両方が巧まずして一致したメタ認知の状態です。ページ36にある述懐――「朝から晩までテレビの前に立ち続けて、瞬間、瞬間を全力で生き続けてきたビジネス人生でした。立ち続けてきた人生の中に学ぶものが多かった」――はまるで、長い“本気”修業の果てに自意識を洗い流され、己の人生について「離見の見」の境地に達したかのよう。多くの読者が「こんな経営者人生が送れたら、幸せだろうなぁ」と感じられる一冊。ご一読あれ。
 
(ライター 筒井秀礼)
 『90秒にかけた男』
著者 髙田明/木ノ内敏久(聞き手)
日本経済新聞出版社
2017/11/9 一刷
ISBN 9784532263614
価格 本体850円
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(2017.12.13)
 
 
 
 

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