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台風と農業の罹災

 
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ヒロシ / PIXTA
台風15号が関東に大きな被害をもたらし、続いて19号ハギビスと元台風20号の大雨が東日本各地の河川を氾濫させ、国土の少なからざる範囲が水害に侵された。15号はいわゆる風台風、19号は雨台風。いわば屋根壁囲いをあらかじめ吹き飛ばした後に土地を水浸しにされたわけで、自然災害として最大限の被害をこうむった。
 
農業も罹災した。ハギビス通過直後の10月16日付産経新聞Web版の描写を借りると、「川の氾濫による果樹や水稲などの農地への浸水、暴風雨によるハウスの破損や倒壊、農業用のため池や水路の決壊など数多くの被害」が発生した。施設被害に農産品被害をあわせた被害総額は福島県だけでも100億円を超えるだろうという。同日付日本農業新聞Web版には、「秋の農業収入はなくなるかもしれない。営農の継続は息子と相談する」と肩を落とす宮城県丸森町の農家の記事も出ていた。
 
産業としての〈農〉――この難しさをあらためて突き付けられた形だが、折も折、今年2019年は国が「スマート農業」の“社会実装元年”と位置付ける年である。6月には農林水産省が「農業新技術の現場実装推進プログラム」を発表し、具体的なロードマップも示されていた。被災農家はまだ前を向ける心境ではないだろうが、私たちはむしろ被災農家のぶんまで社会の関心事にして、令和の〈農〉――これほど正しい元号を冠にいただく表現はないはずだ――の在り方を模索する気運を守るべきだと思う。
 
 

なぜ今「スマート農業」なのか

 
その意味で、台風通過直後にもかかわらず10月15日、農林水産省が「全国版スマート農業サミット」を当初の予定どおり開催すると発表したことは評価できる。「収穫ロボットだ農薬散布ドローンだと言ってる場合か。治水を先にやれ!」という声もあり得るからだ。(もちろん治水もやる。むしろ緊急の課題だ。それとは別に農業のスマート化も進めねばならない、と言っているのである。)
 
同サミットは東京ビッグサイトで11月20~22日に開かれる「アグリビジネス創出フェア2019」に組み込む形で開催される。5月から各地方ブロックで順次開催されてきた地方版サミットの総大会だ。“社会実装元年”の今年はどんな最先端のスマート農業が集まるか。あえて、というよりむしろ、例年以上の活気になることを願わないではいられない。
 
そもそも「スマート農業」とは何か。農林水産省の定義では「ロボット技術や情報通信技術(ICT)を活用して、省力化・精密化や高品質生産を実現する等を推進している新たな農業」とされる。
 
既存農家が高齢化し、後継者が確保できないため農業従事者が加速度的に減っている。GDP同様、農業生産力も農業人口×生産性の計算式で決まる。人口が減っても生産力を維持していくには生産性を上げるしかない。そのために機械メーカーやITベンダー等と農業従事者が連携して、発展著しいロボット、AI、IoT、ドローン等の新たな技術を積極的に現場に導入しようというわけだ。
 
 

現場実装の具体例

 
ドローンに関しては小欄も4月にその目覚ましい進歩を取り上げた(「ドローン大爆発 ~“目”がもたらす飛行ロボットの未来~」)。記事では、産業用ドローンの普及の潮目が一気に来たこと、ドローンに限らずロボットが“目”を獲得したことでこれから生物進化における「カンブリア爆発」のような現象が産業ロボットの世界で起きること、を紹介した。先の農林水産省による「農業技術の現場実装推進プログラム」が想定するロボットトラクター、自動運転田植機、全自動キャベツ収穫機、収穫ロボット、生育診断ロボット、AI選果機などはまさに“目”を得たことでロボットが人間に近い作業ができるようになる例だ。
 
ドローンは空から“目”を行使することでむしろ人間の目以上の情報量で、高効率かつ精緻な栽培を可能にする。また、東京大学大学院の二宮正士特任教授によれば、もう5年もすれば植物の生体内情報のデータが非破壊でとれるようになるだろうとのことで、マシンの“目”は人間の目を超越した領域に進みつつある。
 
さらには、農業には「つかむ・つまむ」といった把持系の作業が必須で、それらは力加減の感覚を要するが、これに関しても現在、「リアルハプティクス技術」によって遠隔で力触覚をロボットに伝えられるようになりつつある。今はまだ伝えること(=伝送・転写)が主眼のようだが、“目”と連動させて把持作業をAIに学習させれば、やがてロボットが果実の状態を見て自ら力加減を判断・実行できるようになるだろう。リアルハプティクス技術は情報(信号)の即時性が鍵を握るようで、通信遅延がほぼないとされる5Gが来春普及すれば一気に研究が進むのではないか。スマート農業には追い風が吹いている。
 
 

誰の、何のために?

 
ただ、追い風に乗る際にも「何のために?」という自省は必要だ。この点で「農業従事者の減少をカバーするため」という目的はあまりに無機質すぎる。答えをそこに留めるなら、食べ物で栄養をとるのとサプリで栄養をとるのとのあいだに価値判断の差がないとする感覚に等しい。スマート農業の理想は春にボタンを押したら秋に種がパック詰めの野菜に化けていること、ではないはずだ。
 
その意味で三重大学大学院教授の亀岡孝治氏の一言は示唆に富む。スマート農業専門メディア「SMART AGRI」掲載のインタビューで亀岡氏は、「食産業まで広げたプラットフォームを作ったうえで農業をする視点が大事」と指摘しつつ、次のように語る。
 
「今のスマート農業は、農家にどんないいことがあるのかという話が欠けています。農家が何をしたいかを聞きながら作っていく仕組みがない。農家は植物と対話したいわけです。」(「儲かる農業」に食産業全体でプラットフォーム構築を ~三重大学・亀岡孝治教授(後編)
 
また、和歌山市の農業法人NKアグリ株式会社の三原洋一社長は同じく「SMART AGRI」で次のように語る。
 
「農家は野菜を作るプロなので、ITを使っても生産量は倍にはならない。それよりも、できた野菜をきちんと売り切ることにITを活用したほうがいい。」(センサーの向こうにある野菜の本質とは何か──NKアグリの例<後編>
 
両氏の指摘から共通して浮かぶポイントは私見では「流通」だ。〈農〉が〈食〉にいたるまでのフードシステム全体をひとつのプラットフォームに統合し、各ステージ、各プレイヤーが情報を相互フィードバックできるようになること。それにより農産品物流および商流が円滑化し、農家と消費家という両サイドのプロが最も良い仕合せで出会えるようになること。そちらのスマート化も令和の〈農〉には組み込むこと。
 
この観点からは農林水産省の他に国土交通省、経済産業省も巻き込んで政府が進める「農業者の所得向上に資する流通・加工構造の確立に向けた取組」を考察すべきだが、紙幅が尽きた。代わりに農林水産省サイトの関連資料と、中でも特に「農産物等の物流拠点等に関する調査」業務報告書の「第4章 物流拠点の合理的な活用等による農産物物流の今後の方向性」を一読されるようお勧めする。そうしてあらためて、治水や輸送交通を含む社会インフラが強ければこその〈農〉であることに、思いを致したい。
 
(ライター 筒井秀礼)
 
(2019.11.6)
 
 

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