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バブルと呼ばれた頃

 
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7月の初旬も終りかけた9日日曜日。TBSラジオ『安住紳一郎の日曜天国』で気象予報士が話した今年の関東の長期気温予報に、耳を疑った人は多かったに違いない。予報士いわく、「今年関東は9月いっぱい最高気温が30℃を下回る日は1日もないかもしれない」。照り付ける太陽を見上げて「せめてこの力をエネルギーにも使えれば!」と嘆く声は今夏の関東圏居住者に始まるものではない。1990年代半ばに地球温暖化防止条約が発効して以来、太陽光発電は世界共通のテーマである。
 
京都議定書が発効した2005年以降は特に、再生可能エネルギーの早期普及が各国とも喫緊の課題になった。日本は2004年にまとめた太陽光発電の開発・普及のためのロードマップ「PV2030」を予定より前倒しで改訂し、2009年に「PV2030+」として発表。太陽光発電の発展が「2030 年までに主要なエネルギー技術の1つに認知される」状況から「2050 年までには1次エネルギー需要の5~10%を賄う」状況に進むという想定で、太陽光発電の余剰電力に対する固定価格買取制度(FIT)を同年11月にスタートさせた。太陽光発電電力の売買そのものは以前から行われていたが、それまでは火力発電などの通常電力と同じ1kWh(キロワット・アワー)あたり24円で買われていたものが、この制度によっていきなり倍の48円で、しかも10年間固定価格保証で買ってもらえるようになったとあって各方面から参入が相次ぎ、「太陽光バブル」と呼ばれる様相を呈したものだった。
 
 

「売電」から「蓄電」へ

 
あれから8年が経ち、太陽光発電が新しい局面を迎えている。一つには、固定の買取価格が定期的に減額されることの影響だ。東京管内を例にとれば、2017年度導入分は発電量1kWhあたり28円、2018年度は26円、2019年度が24円(いずれも出力10kW未満の住宅用)。この24円という額はつまり、開始から10年を経て、制度によってゲタを履かせられる前の額に戻ることを意味する。制度そのものも住宅用に関しては2019年10月末をもって終了が予定されている。投資=売電メインの太陽光発電の普及はそこまで、というわけだ。
 
代わって出てくるのが「蓄電」。つまり、発電した電力を売らずに溜めておいて自分で使うスタイルへの移行だ。「溜める」という要素が相対的に弱かったのは発電設備だけでも非常に高価だったことが一番の理由だが、普及に伴い製造コストが下がり続けた結果、今やシステム導入の費用は10年前の3分の1程度と言われる。しかも技術が進んで発電性能が向上したことで、現在では、売らずに溜めておけば世帯消費分はまかなえるほどの発電能力(発電量)が基本的には確保できるようになった。※設置環境による。
 
そこで蓄電池が注目されるわけだが、家庭用の太陽光発電システムで蓄電池も備えたものは、まだほとんど普及していないのが現状だ。理由はまたしても非常に高価であることだが、昨年末、アメリカのテスラが長寿命・大容量・省スペースの家庭用蓄電池システム「Powerwall(パワーウォール)」を発売すると発表。価格は業界平均のほぼ3分の1という安さだった。工事費を入れても二桁万円で蓄電池システムが導入できるようになるとあって、多くの人が、太陽光発電普及の潮目が変わると印象づけられたはずだ。
 
 

「コミュニティ」への着地と経営者感覚

 
「発電」から普及促進のための「売電」へ、そして「蓄電」へ――。これらの動きはマクロ政策の文脈からは「分散型電源確立に向けたプロセス」と言えるだろうが、このコラムではより実践者の感覚に沿った言い方で、「売電型から自家消費型への移行」ととらえてみたい。本稿を書くにあたり家庭用の太陽光発電を実践されている方々をリサーチしていると、筆者のように発電当事者でも業界内の人間でもない者の目には、官製バブルから解放されて投資から自家消費へ潮目が変わるこれからのほうが、太陽光発電が再生可能エネルギーの一つとしての本来の在り方に戻っていけるように感じるからだ。当の太陽はきっと、「やれやれ、やっと落ち着いた。人間ども、これからしっかりやれよ」と言いたいに違いない。
 
リサーチを続けていると、実践者たちの声とは別に、システムを販売する側やアナリストが今後の太陽光発電を分析する声も聞こえてくる。その誰もが普及のカギとして語るのは、「初期投資額が短期間で回収できること、確実に回収できること」だ。しかし、それらは、当の実践者たちの感覚と微妙にずれている気がして仕方がない。むしろ文明評論家のジェレミー・リフキンによる次の一節のほうが、当人たちも意識していないレベルの本音を言い当てているのではないか。
 
「前者(筆者注:資本主義市場)が財産権や買い手の危険負担、自主性の追求を促す一方、後者(同注:ソーシャルコモンズ)はオープンソースのイノベーションや透明性、コミュニティの追求を奨励する。」(NHK出版刊『限界費用ゼロ社会』p36)
 
引用の「財産権」は「売電目的の投資」に、「買い手の危険負担」は「初期投資が回収できること」になぞらえられるだろう。しかし、筆者が感じた太陽光発電の当人たちの実践は、むしろ後者の要素に重なる。つまり「オープンソースのイノベーションや透明性」は「世帯ごとに違うシステム構成と発電環境について情報交換し、助けあうこと」であり、「コミュニティの追求」は「クリーンエネルギーの仲間を増やし、互いに運用を競いあう楽しさ」だ。
 
さらに「コミュニティ」には物理空間としてのコミュニティ=「地域」という意味も重なる。政府が「災害に強い地域社会づくり」の文脈で「コミュニティ」を語る時の意味がそれだ。パナソニック製品関連の記事では、昨年4月の熊本地震の際、停電した地域で同社の蓄電システムを導入していた家庭がプチ避難所のようになり、近隣にお湯を分けるなどしながら通常の生活を送った例も報告されている。
 
実践者の様子を追っていると、初期投資を額面上回収したかどうかも確かに意識はするが、それはいわば経理の部分であって、それよりも本当は「エネルギーを自給自足することによる自己信頼感」や、「売電を通じて味わう経営者感覚」を楽しんでいるように思えてくる。例えるなら、10年スパンで支出する何百万円のうち5万円の回収見通しを懸念して判断を変えるのは経理事務の感覚であり、経営者の感覚とは自ずから違うものだ。そもそも買い物とは、「それが良さそうで、欲しくて、今買う余裕があるのなら買ってみる」という行為のことであるはずだ。煽るわけではないが、状況が許せば真っ先に太陽光発電を始めてみたい気がするのは、筆者だけだろうか。

 
  
(ライター 筒井秀礼)
 
(2017.8.4)

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