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◆TPP対策 日本農業は「守り」一辺倒?

 
 「環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)」 と 「日本の農業」――この二つのキーワードから連想されるイメージはどのようなものだろうか? 弱者である 「日本の農業」 を吹き飛ばそうとする米国製 「TPP」 ハリケーン。根絶やしにされまいと必死に扉を閉めようとするJAや農水省、族議員・・・ マスコミ情報を元にすれば、そんな映像が頭に浮かぶ。
 実際、TPPには米国の都合で作られた 「ローカルルールの押しつけ」 的性格が色濃い。オバマ大統領は2010年の一般教書演説で 「今後5年間で輸出を倍増する」 との計画を打ち出した。実現の鍵となるのがTPPだ。圏内第2位の経済力を持つ日本のTPP参加は輸出倍増計画の成否を分けるだけに、日本取り込みに向けた米国の動きには不退転の決意がのぞく。
 2月の訪米で安倍首相は自由化の対象外とする 「聖域」 の存在を認めさせることに成功したが、「農業を聖域化する」 との確約が得られたわけではない。「このままでは日本の農業は壊滅する」 ――そう危機感をあおるJAや農水族議員の声は高い。
 だが、本当にそうなのだろうか? 日本の農業は規制に守られなければ壊滅する脆弱な産業なのだろうか?
 
 

◆乖離する 「JA・農水省・族議員」 と農家

 
 安倍首相がTPP交渉参加を表明する中、JAは3月、全国各地で反対集会を開いた。やや強引に参加を決めた安倍首相に対し、自民党内でも農水族議員の反対意見は強く、党の会合で 「怒鳴りあい」 も見られたほどだ。
 ただ、一種の 「鎖国」 により権益を守ろうとする参加反対の動きは、農家の総意を集約したものではない。かつて日本の農業といえばコメ作りが中心だった。1984年には、農業総産出額11兆7千億円のうち、コメは3兆9千億円と33%を占めていた。しかし2011年になると、農業総産出額8兆2千億円に対し、コメは1兆8千億円と22%にとどまる。背景には様々な要因があるが、規制と引き替えに補助金がもらえるコメ作りをやめ、自助努力と技量次第で収益を増やせる他の作物へと展開していった農家が多いことも、大きな要因の一つである。
 
 ここに興味深いデータがある。昨年9月から11月にかけて日本政策金融公庫が融資先の農家に対して行った 「農業者の農産物輸出の取組みに係る調査」 の結果 (リンク先PDF) である。農産物の輸出について、約1割の農家が 「取り組んでいる」 と回答。さらに全体の約四分の一は 「輸出の計画や意向がある」 と答えている。実際に畑に出て農産物を作っている農家の中には、「世界に向け自作農産物の価値を問うてみたい」 と考える人がかなりの割合で存在するのだ。
 
 

◆スイカ一玉3万円、イチゴ1パック5000円

 
 日本製品への海外の支持は厚い。アフガニスタンなど中東の紛争地では、「Made in Japan」 と刻印された自動小銃が高値で売られているという。もちろん日本製ではないが、優秀な工業製品の輸出国として名高い 「Japan」 の銘を打つだけで商品価値が高まるため、わざわざこういった細工が施されるのだ。
 農産物についても、同じく 「日本製」 への評価は高い。「おいしい」 「安全」 と認識されており、ときに国内価格をはるかに上回る高値で取引されることもある。その一例が 「ドバイの太陽」 と名付けられた鳥取県産のスイカだ。同県北栄町で作られるもので、みずみずしく糖度が高いことから、海外でも大人気を博している。UAE(アラブ首長国連邦) の王族にも献上され、「ハチミツのように甘い」 と絶賛されたことでも知られる。輸出先のドバイでは一玉3万円という高値で販売されており、まさに輸出農産物の横綱格だ。
 目下、日本は春物野菜の出荷の季節。春が旬の農産物では、イチゴもやはり海外で好評を得ているものの一つだ。タイでは日本産の 「あまおう」 が1パック1500バーツ(1バーツは3.3円程度。日本円で約5000円) という破格の値段で店頭に並ぶ。地下鉄の初乗りが50円程度というタイの物価を考えれば、日本なら1万円以上する感覚だろう。
 その他、現在最も多く輸出されている農産物であるリンゴ、長芋、キャベツなど、海外でそのおいしさや安全性が評価されている農産品は、実は数多い。
 
 

◆オランダになれない九州

 
 魅力ある作物を作る日本は、農産物の輸出国として、世界の 「農業国」 に肩を並べることが可能だろうか? 米国はもちろん、豪州やカナダ、ブラジルなど広大な国土を誇る他の農業国とはさすがに勝負にならない、というのが一般的な 「常識」 だろう。実際、日本の農産物輸出高は2010年の統計で2417億円にすぎない。米国は同年10兆円あまりの輸出高を記録しており、まさに桁が違う。
 
 だが、この常識に一石を投じる国がある。オランダである。面積は日本の九州とほぼ同じ。人口1600万人も、九州の1300万人とさほど変わらない。にもかかわらず、2010年の農産物輸出高はなんと7兆円あまり。豪州やカナダなどを抑え、米国に次ぐ世界第2位に輝いている。
 九州が、ひいては日本が農産物の輸出においてオランダの後塵を拝する最大の原因は、価格にある。日本産の農産物は高価すぎるのだ。上述の  「ドバイの太陽」 や 「あまおう」 も、品質が評価されているとはいえ、さすがに購買層は限られてしまう。量がさばけないと、経済的なインパクトにならない。
 小規模農家が手間暇をかけて作るため、日本の農産物はもともと原価が高い。輸出に際しては、さらに輸送費が上乗せされるため、価格面で国際的な競争力を失ってしまうのだ。そのため現状では、比較的距離が近く経済規模の大きな香港、中国、台湾、米国が輸出先の大半を占めている。価格競争力を得て販売圏=市場が国際的に拡大できれば、日本の農産物輸出は劇的変化を遂げる可能性がある。
 
 

◆改革・サポートで農家の「オランダ化」

 
 では、類似の条件下でオランダが国際的な競争力を保っていられるのはどんな手法によるかと問えば、特に奇抜なものではない。徹底した集約化、IT化により、高品質と低コストを両立することに成功しているのだ。どちらも日本において実行可能かつ、いまだ実現が進まないテーマでもある。実現するには、株式会社の農地所有を認めるなど、一歩進んだ大胆な改革が必要だ。
 輸出を検討しながら実現できない日本の農家からは、「貿易会社やバイヤーとの接点がない。提供してほしい」 など、情報提供や貿易実務の面で政・官のサポートを期待する声が強い。また、海外市場を知る専門家からは、「せっかく素晴らしい農産物があるのに、コメやワサビなどは特に、他国の低品質な産品や偽物に市場を奪われている」 との嘆きも聞かれる。
 意思も能力もある農家が国内に引きこもることなく、輸出に打って出られるよう、今こそ政治の後押しが大きな意味を持つだろう。補助金という 「お小遣い」  をだらだら与え続けるのではなく、海外バイヤーとのマッチングや、クールジャパン戦略と絡めた 「日本食+日本食材」 の情報発信など、稼ぐ環境を作り整える農政があれば、日本農業の 「オランダ化」 は十分に可能だ。
 
 

◆海外展開で広がる農業の可能性

 
 日本の農業は長らく、「脆弱さ」 を宣伝することで国から補助金を引き出す、一種の人質戦略をとってきた。「補助金をくれなければ農業を続けられない。自給率の低下は安全保障上好ましくないでしょう?」 という論法だ。農水省などは、この論理を補強するため 「日本の食糧自給率は3割台」 として危機感をあおってきた。確かにカロリーベースで計算すればそんな数字が現れるが、世界的には生産額ベースで計算するのが一般的である。日本の食料自給率は、生産額ベースでは7割に近い。
 
 
 日本において、大きな変化は外からの 「風」 によってもたらされることが多い。TPPは米国から吹く強い風だ。必死に扉を閉ざすのか、追い風とすべく打って出るのか。我々が問われているのは、その選択だ。安倍首相は2020年までに農産物輸出を1兆円にふくらませる方針を示している。政治が背中を押すなら、日本の農業には、その期待に応える力がある。
 
 
(ライター 谷垣吉彦)
 
 
 
 

 

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